限界集落のジンリョウユリ

徳島県那賀町の「農村レストランいずりは」に3泊して、大学院生Yさんのジンリョウユリの調査地を見てきた。「農村レストランいずりは」を経営されているご夫婦が、敷地内のジンリョウユリを大切にされている。Yさんは、200株をこえるジンリョウユリの花を毎日観察し、どのタイミングで柱頭に花粉がつくかを調べている。また、デジカメのインターバル撮影機能やビデオによる連続撮影により、送粉昆虫の訪花頻度、訪花のタイミングを調べている。
あいにく、調査を始めてから雨がちの日が続いていたそうだ。5日の昼すぎに徳島駅に着いたときは土砂降り状態だったが、レンタカーで調査地に向かう間に雨がやみ、晴れ間もみえてきた。
幸いにして、6-7日の2日間は終日雨が降らず、ジンリョウユリに訪花するトラマルハナバチやハキリバチの一種の写真を撮影することができた。ジンリョウユリはササユリと違って花が濃いピンクなので、ハナバチに適応しているものと予想していたが、この予想がデータで裏付けられつつある。ただし、開花は夕方であり、夜には花香が強くなるので、蛾媒花としての性質も持っている。実際、ビデオにはヤガの訪花が撮影されているし、スズメガの訪花も目撃されている。したがって、両方に適応していると考えるべきだろう。
日が落ちて暗くなると、ピンク色が濃い花はまったく目立たない。一方、色が薄く、白っぽい花はよく目立つ。おそらく、蛾は薄い花色を、ハナバチは濃い花色を選んでいるものと思うが、訪花頻度がかなり低いので、選好性を野外観察データから実証するのは難しそうだ。
柱頭に花粉がつく頻度は予想外に高く、開花後数日の間に大部分の柱頭に花粉がつくようだ。とくに柱頭とやくの距離が接している花では、自家受粉が頻繁に起きているようだ。ジンリョウユリはササユリと違って自家和合性なので、自家受粉が起きれば、自殖種子が作られるだろう。このあたりの事情は、Yさんの研究により今年中に解明が進むだろう。
ジンリョウユリは絶滅危惧植物である。減少の原因のひとつは山林が管理されなくなったために林床が暗くなったことにある。その背景には、林業の衰退にともなう限界集落の拡大がある。出羽(いずりは)は典型的な限界集落であり、居住者は老人ばかりである。
ジンリョウユリよりも先に、人間(集落)のほうが消滅するかもしれない。
私にとっては、「農村レストランいずりは」は桃源郷だが、いつまで経営していただけることだろうかと不安になった。
植物が好きな人なら、訪問されればきっと満足されるだろう。徳島駅から車で2時間なので、さほど不便な場所ではない。上記のウェブサイトには写真入りの花日記もあるが、まだ訪問者数は979名。この記事が多少のPRになれば幸いである。