飛沫感染・空気感染・エアロゾル感染の基準のあいまいさ

飛沫=飛沫粒子=droplets, エアロゾルaerosols=エアロゾル粒子aerosol particlesという用語の使い方について襟を正したうえで、飛沫感染・空気感染・エアロゾル感染の基準のあいまいさについて、私が理解していることを書きます。もし間違いがあればご指摘ください。この記事を書く理由は、昨年2月以来、新型コロナウイルスに関する情報発信を続けており、科学者としてこの行為を続ける以上、間違いがあってはならないからです。以下に書く記事は私の理解を公開検証するためのものなので、検証以前の記事だということをご了承のうえでお読みください。とはいえ、私なりに論文を読んで、調べたうえで記事を書いています。

昨年2月に新型コロナウイルスに関する論文を読み始めてすぐに気づいた疑問がいくつかあります。

(1)飛沫感染と空気感染を分ける基準として、粒子径5μmが用いられているが、これは妥当なのか?

WHOでは、径5μm以上の飛沫粒子dropletsによる感染を飛沫感染droplet transmission、径5μm未満の「飛沫核」droplet nucleiによる感染を空気感染ariborne transmissionと定義しており、多くの論文でこの基準が引用され、また引用なしで採用されています。飛沫核は飛沫粒子から水分が蒸発した状態のことです。径5μm未満だとすぐに水分が蒸発して飛沫核になると説明されていますが、本当にそうなのか? 論文を調べ、エアロゾルに詳しい友人にも尋ねました。結論として、水分を保持した径5μm未満の粒子は存在するようです。「ようです」とあいまいなことしか書けないのは、このことを証拠だてる論文はまだ確認できていないからです。私の調べ方が足りないのかもしれませんが、努力した範囲では発見できませんでした。この点に関連して、以下の疑問が浮かびました。

(2)新型コロナウイルスは空気感染しない、というのは本当か?

論文を調べてみると、インフルエンザウイルスは径5μm以上の粒子にも含まれることがあり、これらの粒子による感染が生じるという証拠がいくつも発表されていました。これらの論文では、エアロゾル感染aerosol transmissionという用語が使われています。たとえば以下の論文:

Cowling BJ et al. (2013)  Aerosol transmission is an important mode of influenza A virus spread. Nature Communications 4:1935.

この論文では、まず古典的な径5μm基準が書かれています。

A distinction is typically made between larger droplets that are believed to settle to ground within 1–2 m, versus smaller droplet nuclei particles with aerodynamic diameter below 5 μm that can remain airborne for longer periods but may desiccate quickly, depending on environmental conditions.

そのうえで、

These latter particles are also referred to as aerosols and retain infectivity.

と書かれ、論文のタイトルのようにAerosol transmission という用語が使われています。この定義では、Aerosol transmission =空気感染airborne transmissionです。そして、飛沫感染エアロゾル感染(空気感染)の比率はほぼ半々だろうという結論を下しています。

このような論文が出ているので、新型コロナウイルスについてもエアロゾル感染(空気感染)が起きるのではないかと考えました。しかし当時はエアロゾル感染(空気感染)の可能性は低いという見解が専門家から発表されていたので、非専門家の私がそれに異をとなえる発信をすることは控えました。

一方で、もうひとつの疑問が生じました。

(3)径5μm以上の粒子はエアロゾルではないのか?

径30~40μmくらいの花粉でもエアロゾル化しますので、径5μm未満という基準より大きな粒子でも、かなり長時間空気中を漂うのではないかと思いました。この疑問については以下の論文である程度解決しました。

Teiller R (2009) Aerosol transmission of influenza A virus: a review of new studies. J. R. Soc. Interface 6, S783–S790.

The settling velocity in still air can be calculated using Stokes’ law (Hinds 1999); for example, a 3 m fall takes 4 min for a 20 μm particle (aerodynamic diameter), 17 min for
10 μm and 67 min for 5 μm.

ここに、径5μmの粒子は67分間空気中を漂うという計算結果が書かれています。67分間空気中を漂う粒子ならエアロゾル粒子とみなしてよいのではないか、と考えて読み進むと、以下の記述がありました。

There is essential agreement that particles with an aerodynamic diameter of 5 mm or less are aerosols, whereas particles >20 μm would be large droplets. Some authors define aerosols as <10 μm or even <20 μm (Knight 1973; Treanor 2005); particles between 5 and 15 to 20 μm have also been termed ‘intermediate’.

要するに、飛沫粒子とエアロゾル粒子の区別は基準次第ということです。最近発表された以下の論文(IDAさんにもご紹介いただいた論文)では、<100 μmをエアロゾル、これより大きいものを飛沫粒子dropletsとしています。

Wang CC et al. (2021) Airborne transmission of respiratory viruses. Science 373: eabd9149

私には、以下の取り扱いが妥当に思えます。

Gralton et al. (2011) The role of particle size in aerosolised pathogen transmission: A review. Journal of Infection 61: 1–13.

This indicates that expelled particles carrying pathogens do not exclusively disperse by airborne or droplet transmission but avail of both methods simultaneously and current dichotomous infection control precautions should be updated to include measures to contain both modes of aerosolised transmission.

邦訳:このことは、病原体を運ぶ排出された粒子は、空気感染か飛沫感染かのどちらかだけで拡散するのではなく、両方の方法を同時に利用していることを示しており、現在の二分法による感染予防策は、エアロゾル化した感染aerosolised transmissionの両方のモードを抑制する対策を含むように更新されるべきである。

この論文は、空気感染も飛沫感染エアロゾル化した粒子による感染であるという理解の下で、空気感染と飛沫感染の二分法は適切ではないと主張しています。

私が「飛沫はエアロゾル」という言い方をしたのは、この考えにもとづくものです。正確には「従来飛沫粒子と呼ばれてきたものはエアロゾル化した粒子である」という意味です。Wang CC et al. (2021) の<100 μmをエアロゾルとみなす定義だと、会話や咳で口から出る粒子のほとんどがこの定義を満たすので、Gralton et al. (2011) と結論はほぼ同じです。

会話や咳で口から出る粒子のサイズ分布についてはいくつも研究がありますが、

Chao et al. (2009) Characterization of expiration airjets and droplet size distributions immediately at the mouth opening. Aerosol Science 40: 122–133.

によれば、口から出る粒子の大部分は100μm未満です。Chao et al. (2009) はこれらの粒子に対して飛沫粒子dropletsという用語を用いていますが、Wang CC et al. (2021) の定義だとエアロゾルです。

結論として、口から出る粒子の大部分を占める100μm未満の粒子を、飛沫粒子と呼ぶかエアロゾルと呼ぶか、それは定義次第です。会話や咳で口から出る粒子を含んだ気体がエアロゾルであり、その中には大小さまざまな粒子が含まれ、大きいものはすみやかに落下し、小さいものはすみやかに飛沫核に移行するが、その状態変化は連続的だ、という理解でよいのではないでしょうか。