「これポ」は卒論向け、レポート執筆用にはミスマッチあり

酒井聡樹著『これからレポート・卒論を書く若者のために』(ISBN:9784320005747)を献本していただいた。その感想を書く。
結論を先に述べよう。この本は、これから卒論を書く人にはお勧めの一冊である。ぜひ読んでほしい。しかし、大学1-2年生がレポートを書くために読む本としては、勧めない。その理由は、大学1-2年生が授業で一般的に要求されるレポートの形式・内容に比べ、はるかに限定された形式・内容しか扱われていないからである。
第一章冒頭で、「悪いレポートの典型例」として著者はまず、「学術の対象となりえない題材を扱っている」という例をあげる。そして、「自分の生き方」と題する創作例をあげ、「どこにも学術性はない。これでは『国語の時間の作文』である。」と批判している。しかし、授業の受講生を選ぶために、「授業を受講する理由」といった内容のレポートを課すことは、しばしばある。私自身も、東大駒場時代に始めた「野外生物学」という実習つきの授業で、30名に受講生をしぼるために、このようなレポートを課したことがある。しかし、このようなレポートは、本書では対象とされていない。
授業のレポートを書くうえで、『国語の時間の作文』は大切である。すなわち、たとえ学術性がない課題であっても、読者に著者の考えがきちんと伝わる文章を書く技術、説得力のある文章を書く技術、読者にアピールする文章を書く技術は重要である。しかし、本書はこのような作文技術については、ほとんど述べていない。
「悪いレポートの典型例」の二つ目として、「調べたことを書いただけ」の例が批判の対象とされている。しかし、大学の授業で課せられるレポートには、講義内容を要約して説明することが求められる場合や、ある課題について調べて理解したことを論理的に整理して書けば良い場合も少なくない。再び私の経験をあげれば、全学共通教育の「環境科学概論」の授業では、講義で解説した内容の中から課題を設定し、レポートを書いてもらっている。その課題はたとえば、「干潟の浄化機能とは何か」といったものである。このようなレポートにおいて、論理的に整理された読みやすい文章を書く技術は、本書では対象とされていない。
このように、著者が対象としているのは、かなり限定された形式・内容のレポートである。著者は「レポート」に対して、問題を設定し、それに対して仮説をたて、文献調査などによって検証し、設定した問題に対する解答を結論として与えるという形式・内容を要求している。たしかに卒論では、この形式・内容を満たす水準が要求される。しかし、大学生が授業で課されるレポートの多くにおいて、この形式・内容を満たす水準は要求されていないと思う。
にもかかわらず、著者は「本書が対象とする読者」として、「これからレポートを書こうとしている学部生・専門学校生」を筆頭にあげている。そして、第一章冒頭で、「レポート・卒論は学術文書である」と断言している。これには、説得力がない。これは、第10章で批判されている、「理由なしに主張してしまっている実例」そのものではないだろうか。レポートの種類を整理して、本書で扱うレポートは、かくかくしかじかの性格を持つものに限ると書いておけば良かったと思う。増刷の際には、ぜひそうしてほしい。今のままでは、「読者を想定する」(p. 22)ことに失敗しているように思う。
繰り返しになるが、本書は「これから卒論を書く若者」が読む本としては、とても参考になると思う。「これ論」よりもやさしく、ていねいに書かれており、大学院生が読んでも得るところがあるに違いない。しかし、レポート執筆用には、あまり適していないと思う。
私は「生物学コアセミナーB」の受講生に、「読んで調べて書く技術」と題して、90分の講義をしている。その際に使ったパワーポイントファイルが、私のウェブサイトに置かれているので、興味がある方は参照されたい。