ルース・ドフリース『食糧と人類 飢餓を克服した大増産の文明史』

アマゾンから届いたので、修士論文の原稿チェックの合間に、1時間半でレベル3の超速読をした。
本書については、「未来を楽観する10人」をとりあげたUnHerdの記事(下記リンク先)で知った。

原書の出版は2014年、邦訳出版は2016年1月。『決断科学のすすめ』を書いていたときには邦訳も出版されていたのだが、なぜか私のアンテナに届かなかった。
著者は、ハンセンやタウンゼントらと一緒に衛星画像を使って地球規模での土地利用の研究をしている。また本書の内容から判断して、地球化学サイクルにも詳しい。本書は、ダイヤモンドが『銃・病原菌・鉄』や『文明崩壊』で述べた視点をふまえながら、農業開始以後の人類が地球環境と人間生活をいかに変えてきたかを展望している。そして2007年5月を人類史の転換点だと主張する。この日に、地球上の都市居住者の人口が農村居住者のそれをうわまわった。つまり、大半の人は自分で農業生産をせずに暮らすようになった。この変化が人類社会をこの先どこへ導くのかについてのビジョンを提示してくれるものと思って超速読をしたが、最後に「どんな結果が待っているのかは誰にもわからない」と書かれていて、肩透かしをくらった。
著者は過去の論争について、できるだけ中立的な立場をとろうとしている。DDTをめぐっては、レイチェル・カーソンの告発の歴史的役割を評価しつつ、殺虫剤は農業に必要だと力説するボーローグの立場にも一理あると考え、「二者択一ではなく、相反するふたつの主張のあいだのどこかに着地点は見つかるはずだ」と述べている。ボーローグの主張に対して、インドのスワミナサンの主張(農民が意思決定に参加し、最先端技術を利用しながらも、生態系に被害をおよさない方法で農業を発展させるビジョン)も紹介し、「未来はスワミナサンが描く方法にいくのか、それともボーローグに味方するのか、いまのところわからない」と述べている。
「本書がめざすのは、人類が歩んだ旅路をなぞり、どのような経緯でここまで到達したのかをあきらかにすることである。いままでをふり返れば、きっとこの地球上でのわたしたちの未来の姿が見えてくるはずだ」とプロローグの最後に書かれているが、残念ながら、未来社会への著者のビジョンは具体性を欠いていると思う。本書には、人間と社会についての理解と洞察が不足している。
本書を読んで、『決断科学のすすめ』の到達点にかなり自信を持った。人間と社会の問題を俯瞰するという点では、かなり見通しが良い標高まで登れていると思う。