熱帯雨林の自然史 東南アジアのフィールドから

明日から日本生態学会が始まるが、今日は上京。1時から日本学術振興会の会議に出なければならない。
日本生態学会前に、新刊を紹介して宣伝したいとこのブログに書いたところ、下記の本を贈っていただいた。

熱帯雨林の自然史 東南アジアのフィールドから
安田 雅俊,長田 典之,松林 尚志,沼田 真也(著)
出版社: 東海大学出版会 (2008/02)
価格: ¥ 3,990 (税込)
単行本: 283ページ
ISBN:9784486017738

そこで紹介文を書くために持ち歩いている。その結果、この本は私とともにアブダビに飛び、帰国後は雪が舞う札幌に旅をし、横浜の国際会議中もカバンの中で私を見つめ、そしていま東京で、机の左手に置かれている。
残念ながら、この一月あまりの間、熱帯を旅する機会はなかったが、この本を持ち歩いたおかげで、熱帯の生き物の賑わいを日々感じることができた。
本書は、若手研究者4名による、初々しい研究の記録である。本書の冒頭で紹介されているように、熱帯雨林についてはすでに、故井上民二、故百瀬邦泰、湯本貴和の3名によるそれぞれに個性的な本がある。そこで本書では、熱帯雨林の全体像を紹介することはせずに、自分たちが得た成果の紹介につとめている。

1990年代前半、我々4人はほとんど偶然に、環境庁地球環境研究推進費による熱帯雨林研究プロジェクトに別々の大学院から参加することになり、マレーシア国ネグリセンビラン州(半島マレーシア)に位置する熱帯低地雨林パソに集まった。当初、プロジェクトの中で与えられた課題は、それぞれ、安田は小型哺乳類の群集、長田は葉群動態と樹木の成長、松林はマメジカの生態、沼田はフタバガキの実生の生態に関する研究だった。

このようにして集まった若手研究者が、熱帯雨林という巨大な森林で暮らす生物に手探りで取り組み、今日までに明らかにした成果が本書にまとめられている。彼らが取り組んだ問題の多くは、決して解決していない。したがって、本書は答えを求めて読む本ではない。なくなった井上民二さんは、熱帯雨林を地球上で最後に残されたterra incognita(未知の大地)だと形容していた。井上さんらがツリータワーをたて、樹冠へのアクセスを可能にした結果、多くの新知見がもたらされたが、しかし今なお熱帯雨林はterra incognitaとして私たちの前にある。

それぞれの課題をこなすうちに、1996年に大規模な一斉開花が半島マレーシアで起こり、我々はその魅力にとりつかれた。そして、興味の向かう先が、安田は動物による果実食と種子散布および動物の餌資源として重要な果実のフェノロジー(生物季節)に、長田は風散布種子の代表であるフタバガキ科の種子散布に、沼田は一斉開花のメカニズムに広がった。松林はマメジカの研究に適した調査地を求めて単身マレーシア国サバ州に渡り、セピロクで研究を続けた。それぞれが博士論文をまとめ終わった頃、2001年に再び一斉開花が起こった。・・・・2回目の一斉開花は、5年間あたためていた計画を実施に移すときだった。

こうして熱帯雨林で研究者としての「青春時代」を過ごした4名の著者たちが、次の世代の若手に夢を託して書き上げた本が本書である。
たとえば2回の一斉開花時に、半島マレーシア全域を車で走破してとられた一斉開花の地理分布のデータは、一斉開花の制御機構を解明するうえで貴重な記録である。一斉開花のデータと言えば、井上民二さんらが立てたボルネオ・ランビルのツリータワーでとられた時系列データが有名である。しかし、時系列データでは地理的変異はわからない。本書の図1−1−7を見ると、一斉開花には明らかな地理的偏りがある。このデータは、一斉開花がどのような環境で起こり、どのような環境では起きないかの分析を可能にする。
このほかにも、熱帯雨林とそこで暮らす生物に関する貴重な研究の記録が収められている。熱帯雨林に多少なりとも興味のある研究者には必読の一冊である。

その我々も学位を取得し、職を得た現在では(期限付きの者もいるが)、熱帯に長期滞在し、地道な調査を行うことがほぼ不可能な状況になってしまった。

こう書きたい気持ちはわかる。しかし、職を得たことで開かれる可能性もある。本書を読んで熱帯雨林の研究がしたいと志す若者に対して、著者たちが経験した以上の研究環境を用意することが、先に進んだ者の使命だろう。
本書はその第一歩として世に問われた。
本書をきっかけとして、日本の熱帯雨林研究がさらに新しい展開を遂げることを祈りたい。