花色の遺伝子研究が大きく展開

花の色は、近縁種間でもしばしば大きく異なる。私たちが研究しているキスゲ属の場合、ハマカンゾウは赤い花をつけるが、キスゲユウスゲ)は黄色い花をつける。これは、ハマカンゾウの花ではアントシアニンという赤い色素が作られるが、キスゲでは作られないためである。
このような花色の種間差には、アントシアニン合成に関る転写因子が関っているだろうと考えている(昨年9月19日のブログ:「花の色と匂いの生産を制御する転写因子」を参照)。具体的には、R2R3 MYB遺伝子と呼ばれる一群の転写因子が主役だと睨んでいる。
ハマカンゾウキスゲのF1雑種のつぼみから作成したESTライブラリー中に、R2R3 MYB遺伝子ファミリーのメンバーがいくつか含まれていた。大学院生のNさんによる解析の結果、そのうちひとつは、ユリ・ガーベラなどで花でのアントシアニン合成に関与していることが確認されているMYB遺伝子と高い相同性を示した。この遺伝子に関して、ハマカンゾウでは正常にはたらいているが、キスゲでは欠損している(たとえばフレームシフト変異を起こしている)、という可能性について、調べているところである。
この結果をふくめ、ESTライブラリーについての論文をまとめるために、今日は、東大に出かけて、関連する最新の論文をダウンロードしてきた。その結果、今年に入ってから、いくつもの新展開が発表されていることがわかった。いやはや、このテーマに関する研究の進歩は、早い。

  • Schwinn et al. 2006. The Plant Cell 18: 831-851.

キンギョソウの花色の違いに関与する、Rosea1, Rosea2, Venosaという3つの遺伝子は、すべてMYB遺伝子ファミリーのメンバーであることを確認した。6つの野生種における花色の違いは、これらの遺伝子座が原因だと考えられる。

  • Quattrocchio et al. 2006. The Plant Cell 18: 1274-1291.

ペチュニアではAN1, AN2という2つの遺伝子が、アントシアニン合成系を制御している。このうち、AN2はMYB遺伝子で、AN1はそれと相互作用するBasic-Helix-Loop-Helix(BHLH)タンパク質の遺伝子である。このほか、花弁の細胞のpHが変われば、花色が変わることが知られていた。この論文では、花弁のpHを制御する遺伝子を単離した。すると、これが新たなMYB遺伝子だった。

  • Baudry et al. 2006. The Plant Cell 18: 768-779.

トウモロコシやペチュニアの研究から、MYBとBHLHの相互作用がアントシアニン合成系を制御していることがわかっているが、これに加えて、5つのWD反復を持つ転写因子(WDR)が関っていることがわかってきた。シロイヌナズナでは、TT2(MYB), TT8(BHLH),TTG1(WDR)の3者の相互作用でアントシアニン合成経路が起動する。この論文では、TT8の作用について詳しく調べた。

  • Morita et al. 2006. Plant & Cell Physiology 47: 457-470.

アサガオからMYB, BHLH,WDRの遺伝子を単離し、白花の突然変異c-1, caの遺伝的背景を調べたところ、c-1, caはそれぞれ、MYB,WDRの欠失・挿入によるフレームシフト変異だった。

さしあたり、キンギョソウペチュニアアサガオで新たに確認された、アントシアニン合成の制御にかかわるMYB遺伝子と、われわれがキスゲ属で調べているMYB遺伝子の関係が知りたい。これまでの系統解析に、3つの配列を加えて、分析しなおす必要がある。
また、BHLH,WDRの遺伝子のホモログが、キスゲ属のESTライブラリーに含まれていないかどうか、チェックしよう。
九大理学部の圃場では、F2の花が咲き始めた。これまでに咲いた花はすべて黄色。F1が黄色なので、アントシアニンが作られない状態が優性である。関与している遺伝子が1個で、黄花と赤花が3:1に分離すると予想している。このような花色の違いに直接関る遺伝子が特定できれば、変異が起きた時期や、どのような淘汰が作用したかについて、分子進化学的に調べることができる。
ハマカンゾウは匂いがほとんどないが、キスゲの花からは数種の芳香物質が放出される。この違いにも、MYB遺伝子が関与している可能性が高い。匂い物質の生合成経路の制御についても、ここ数年で急速に研究が進みそうである。協調してはたらく複数の形質の遺伝的背景がわかり、変異が起きた時期の前後関係が調べられれば、適応的な種分化のプロセスをこれまで以上に深く理解できるだろう。
これに加えて、昼咲きと夜咲きの違いの遺伝子的背景がわかると、万々歳なのだが、こちらは今のところ、候補遺伝子の手がかりがない。時間はかかっても、QTLマッピングで攻めようと考えている。
それにしても、すごい時代になった。いつの日か、こんなことがわかる時代が来てほしいと夢にみていたことが、次々に現実になっていく。