ジェームズ・キャメロンの熱いプレゼン

先日、NHKスーパープレゼンテーションのウェブサイトを久しぶりに訪問したら、1月28日に放映されたジェームズ・キャメロンのプレゼンテーションがアップロードされていた。

※上記のサイトでの動画公開は終了しました。プレゼンを見たい方は、下記をご訪問ください(2月27日追記)。

言うまでもなく、ジェームズ・キャメロンは『タイタニック』『アバター』という大ヒット作を世に送り出した映画監督である。この2つの作品はまったく異質だ。いったいどういう発想で、この2作のアイデアを着想したのか、興味あるところだ。さらに彼は、深海の探検家という別の顔も持っている。映画好き、生物好きの私にとって、ジェームズ・キャメロンはとても魅力的な人物である。そこで、朝食をとりながら、ジェームズ・キャメロンのプレゼンテーションに耳を傾けてみた。

彼は、SFマニアで、絵を描くのが好きな少年だった。海から遠く離れた場所に住んでいたが、ある時、クストーの番組を通じて海に魅入られ、ダイバーの資格をとって、海に潜ることにのめりこんだ。海の中の世界は、どんな絵よりもすばらしかった。この経験が、彼を映像の世界へと導いた。映画監督になり、『タイタニック』を撮ったのは、なんと海底に眠るタイタニック号を見たかったからだそうだ。彼は、宣伝になるからと言ってプロデューサーを説得し、ソ連潜水艇に乗り込んで、ついにタイタニック号の撮影を実現した。ものすごい(absolutely remarkable)経験だったと言っていたが、そりゃそうだろう。こんな夢を実現できる人は世界でも一握りだ。いや、ジェームズ・キャメロンだけかもしれない。彼は私たちとは別次元の存在だが、それでも、夢を追いかけ、実現してきた人の話は、私たちを勇気づけてくれる。ジェームズ・キャメロンの夢ほどドデカくなくても、誰にも夢はある。私たちにも、ささやかな夢を実現することを通じて、エキサイティングな人生を送る道がきっとあるはず

タイタニック』によって映画監督としての名声を築き、『アバター』によって再び映画界を驚かせるまで、ジェームズ・キャメロンは海に潜る生活を続けた。潜水艇を使って世界各地の海に潜り、見たこともない海の生物を目撃し、興奮する人生を送っていたのだそうだ。富も名声も得られなかった。それでも彼は、夢を追い続けた。深海での撮影技術の開発も進めた。海底のタイタニック号沈没現場を再び訪れ、新たに開発したファイバーで客室の撮影にも成功した。『タイタニック』撮影当時に、設計図をもとに再現したとおりの客室が、目前にあらわれた。すごい。すごいよジェームズ。

潜水艇による潜水にはチームが必要だ。富も名誉も得られなかったが、この潜水作業を通じて、彼は大切なものを得たという。それは、ほんとうのリーダーシップに必要なもの。彼は映画監督なので、映画製作に関わるスタッフをリードしてきた。しかし、本当に大切なことがわかっていなかった。それは、仲間へのリスペクト(敬意)。
The most important thing is the respect that you have for them and that they have for you.
このことを説得力を持って語るリーダーは少ないように思う。成功したリーダーは、リーダーシップをとることに必要なさまざまな資質に優れているが、時として、傲慢になりがちだ。すぐれた資質に惹かれて多くの人はリーダーに従うが、チームをより良い成功に導くには、仲間へのリスペクトが欠かせない。

ジェームズはさらに熱く語る。若い映画監督に対して、彼が行うアドバイスは魂をゆさぶる。自分がやりたいことについて、限界を設けてはいけない。方向を示せば、周囲が協力してくれる。なんでも自分でやろうとするな。夢に向かって、リスクをとれ。
Don't put limitation on yourself. Other people will do that for you. Don't do it yourself. Don't bet against yourself. Take risks.
NASAとも一緒に仕事をしたことがある。彼らは、失敗は許されないという。しかし、芸術や科学の世界では、失敗は許されるべきものなのだ。失敗をおそれてはいけない。
失敗は選択肢のひとつだ。しかし、おそれるのは論外だ。
Failure is an option, but fear is not.

かっこいいなあ。以前から好きな監督だったが、今や私にとって、ジェームズはヒーローだ。彼がなぜ『アバター』を撮ったかも、彼の講演から察しがついた。どんな映像でもかなわない自然界の驚きとすばらしさを、彼が得られる最高の技術を駆使して、新しい映像表現で伝えたかったのだ。

このジェームズの例に限らず、NHKスーパープレゼンテーションで放映されている講演は、どれもすばらしい。これらは、TEDカンファレンスというイベントでの講演を収録したものだ。TEDとは、Technical Entertainment Designの略で、専門的な内容を楽しくデザインした講演のことである。私はこのTechnical Entertainment Designというコンセプトにとても共感している。科学が人類社会に貢献できるのは、技術を通じて産業をおこすことだけではない。科学の目で見た世界は驚きに満ちている。その驚きを市民に伝えることも、科学の重要な役割だろう。ジェームズは映画監督だが、彼の講演内容は発見の驚きを伝えている点で、科学に通じるものだ。科学者がTechnical Entertainment Designのスキルを磨き、社会に向けて驚きを伝える時代がやってきたと思う。論文を書くだけでなく、Technical Entertainment Designを通じて科学者が社会に貢献できる機会が広がれば、すばらしい。

インド上空にて。福岡を発ち、香港で乗り換えて、約5時間半のフライトでニューデリーへ。深夜に着き、トランジットホテルで3時間半の睡眠をとったあと、アーメダバードに向かう機内で記事を書きあげた。いま、アーメダバードのホテルにチェックインしたところ。明日から3日間、第6回全球地球観測システムアジア太平洋地域シンポジウム(GEOSS-AP symposium)に出て、生物多様性セッションの議長をつとめる。