ひさしぶりのブログ、若い世代へのYELL

ひさしぶりにブログのページを開いたら、先月の15日以来、記事が途絶えていました。記事が途絶えた理由はただひとつ、ブログよりも優先すべき仕事が山積していて、時間がなかったため。いまも、締め切りをすぎて何度も督促されている仕事、提出期限が迫ってきた卒論・修論の原稿、大学院生の投稿論文原稿、採点が終わっていない試験の答案、などなどを抱えています。「ブログを書いている暇があったら、○○を」という声や視線を常に感じているので、なかなか書けないのです。
しかし、ときどき書かないと体調をくずしているのではないかと心配してくださる方がいらっしゃるので、たまには書いておきます。
昨日と今日は、九大・東大合同のアジア保全生態学シンポジウムを九大で開きました。グローバルCOEプログラムに参加している大学院生の発表や、各コアサイトでの研究の進展についての発表を聞いて、楽しく過ごしました。午後に急ぎの仕事にとりかかりましたが、睡眠不足がたまっていて眠くなったので、帰宅して2時間ほど昼寝をしました。おかげで、気分と体調はすっきり。
大学院生や若い研究者が集まって交流する機会は、なんどやっても良いものです。私が大学院生のころは、そういう機会がめったになかったし、大学院生や若い研究者の数もいまよりずっと限られていました。いまは、就職難だと言われますが、ポスドクのポストは増えていて、研究業績をあげていれば、研究を続けることは可能な時代だと思います。「ポスドクのポストは罠で、そのあとが悲惨だ」という声も聞きますが、私には、自分の若いころに比べれば可能性がひろがっている時代に思えます。いつの時代にも困難はあり、それに立ち向かって次の時代をつくるのが若い世代の責任でしょう。無責任なようですが、若い世代が直面している課題については、若い世代でがんばって解決してください。私は私の世代でしか果たせない責任を、しっかり果たそうと思います。この観点から、先週には新たに大きな仕事を引き受ける「決断」をしました。もうこれ以上仕事を増やす余地はないと、依頼を片っぱしから断っていましたが、この仕事は断れないと判断しました。この仕事については、いずれ詳しく書くことにします。
先月15日のブログ記事に対して、以下のコメントが投稿されていたことに、いま気付きました。

糸島高校は成績を上げるために頭の良い人に志望ではない大学を何個も強制的に受けさせ、進路実績を伸ばそうとします
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教える側として、
もっと違う行動が出来るのではないのでしょうか…

そうですね。高校の先生方は良かれと思ってやっていても、高校生にとっては「違う」ということがあるでしょう。しかし、高校生が自分でしっかり選択すれば良いのです。それがむつかしい現実があるわけですが、それでも自分の人生については、自分で責任を負う必要があります。少し視野をひろげれば、さまざまな選択肢があるはずです。「教える側」の責任にすりかえずに、自分でしっかり考えて判断してください。いきものがかりYELLの歌詞にあるように、”ほんとうの自分”を誰かの言葉で繕ってはいけません。迷ってもいいから、ありのままの自分と向き合う力をつけて、自分の未来を切り開いてください。きっとできます。