書道ガールズ

「好きなもの、大切なもののために、がんばりたい。」・・・里子のこのセリフに、とても元気づけられた。
厳格な書道家を父に持つ高校生早川里子(成海璃子)は、書道コンクールに入賞経験のある実力者だが、書道を楽しいと思ったことがない。いつしかコンクールに入賞することを目的に書を書くようになっていた。そんな里子が、書道パーフォーマンスと出会い、変わっていく。「好きなもの、大切なもののために」書道パーフォーマンスをやろうと決心してから、書道が楽しくなっていく。
産休の代理教員として高校に赴任し、書道部の顧問となった池澤先生(金子ノブアキ)も、コンクールの審査員に評価されるために書を書くようになった自分に失望し、現実から逃避していた。その彼もまた、里子たちとの出会いを通じて変わり、里子たちを教えることに喜びを見出していく。
里子は、不況で次々に閉店する商店街を活気づけようと、「書道パーフォーマンス甲子園」を企画し、全国に呼びかけて開催を実現する。「そのパーフォーマンスのBGMに、アンジェラ・アキのあの歌を使うのは、反則だ」という映画評を読んで、この映画を見ようと決めたのだが、確かに「あの歌」を使うのはずるい。歌だけでもジーンとくるのに、この歌をクライマックスに使われては、涙腺を止めておくのは困難だ。しかも、最初はばらばらだった5人の部員の思いが、この歌で重なるように、うまくストーリーが作られている。父親が店をたたんだために広島に転校した清美から、「あの歌」のMDが届き、里子は小春のつらい過去を知るのだが、このシーンから早くも涙があふれてきた。最後の書道パーフォーマンスは、「あの歌」に乗って盛り上がり、涙腺は緩みっぱなしだ。巨大な筆をふるい、「再生」という文字を大きく描く里子の書道パーフォーマンスは迫力満点。このまま一気にクライマックスかと思いきや、最後にもうひとつ仕掛けがあって、またしても涙がこぼれた。考えてみれば、この「仕掛け」のために、いろいろな伏線が用意されていたのだった。失敗をのりこえて、みんなでつないだ「再生」の書が完成するシーンは感動的。気持ちよく涙を流したい人には、お勧めの作品だ。
みんなで力をあわせて一つの目標に突き進むというシークエンスは青春映画の王道だ。しかし、書道パーフォーマンスというユニークな題材と、不況にあえぐ地方都市という設定を生かして、ストーリーが丁寧に作られており、2時間があっという間だ。話の作り方は「フラガール」にかなり似ているが、展開はもっと自然で、無理に盛り上げるところがない。心に響くメッセージがこめられた名作である。さわやかな気持ちで劇場をあとにした。
主演の成海璃子は、安定感と躍動感を兼ね備えていて、とても魅力的だ。桜庭ななみも、まっすぐでかつ気配りのできる副部長の香奈役を好演している。この二人は、そのうち国民的女優になりそうな気がする。他の3人の女子部員(清美:高畑充希、小春:小島藤子、未央:山下リオ)もそれぞれに個性的だ。最初は目立たないのに、家庭の事情やつらい過去が明らかになるにつれ、個性が輝きを増すのは見ごたえがある。
週末の2日間は、JBONワークショップを主催したので、とても疲れたが、この映画を見てその疲れが吹き飛んだ。
「好きなもの、大切なもののために、がんばりたい。」というセリフは、とくに心に響いた。JBONワークショップでは、生物多様性観測に関する大きなプロジェクトを組織するための実行計画を議論した。各ワーキンググループからの提案を受けて、総合討論では、対外的評価が得られるような説明が大事だという話をした。評価(必要性)には4種類あり、国際的評価(国際的要請に応えているか)、行政的評価(行政的ニーズに応えているか)、政治的評価(たとえば事業仕分けで必要性を認めてもらえるか)、学問的評価(競争的資金の審査員に認めてもらえるか)のそれぞれを満足させるような提案が必要だ、という生臭い話をしたのだ。プロジェクトを実現していくうえでは必要なことだが、このような話をするのは、楽しくはない。コンクールに入賞するために書を書くのが楽しくないのと同じだ。
ただし、私は生きものの多様性が好きで、それを心から守りたいと思っている。「書道ガールズ」を見て、その気持ちを再確認できたのは、予想外の収穫だった。
それにしても、書道パーフォーマンスは楽しそうだ。この映画をきっかけに、全国に広く普及することを願いたい。