サマーウォーズ

3年前、「時をかける少女」で夏の話題をさらった細田守監督の最新作。「時をかける少女」では、ヒロイン真琴の元気さがまぶしかった。今回も、女子高生の夏希が活躍するが、彼女の主たる活躍の舞台は、OZというバーチャル空間。OZは世界中の10億人以上が利用しているインターネット上の仮想世界で、利用者は自分の分身となるキャラクター(アバター)を設定して、ショッピングやゲームなどを現実世界と同様に楽しんでいる。このOZをのっとってしまった人工知能を相手に、夏希のアバターが世界の運命をかけて花札勝負を挑む。こう書くと荒唐無稽なストーリーに思われるかもしれないが、この対決に至るストーリーは綿密に構成されていて、説得力がある。
この物語の主役は、夏希だけではない。夏希先輩にあこがれる高校生の健二がもうひとりの主役。健二は、夏希の依頼で夏休みに長野県上田市にある夏希の実家、陣内家を訪問する。この陣内家の大家族もまた、この物語の主役である。陣内家の個性的なメンバーが、栄おばあちゃんの誕生日を祝うために、実家に集まるのだが、そこで大事件が発生する。この大事件の中で、栄おばあちゃんが心不全で倒れ、人工衛星が核施設に向かって落下を始める。陣内家の面々は、力をあわせて、世界の運命をかけた弔い合戦を始める。こう書いてみても、やはり荒唐無稽な設定だ。それをそう思わせないストーリー展開は、見事だ。
「好奇心」を植えつけられた人工知能は、次々にセキュリティを破り、アカウントを片端から吸収して巨大化する。圧倒的な敵に対して、陣内家は罠をしかけて人工知能の捕獲に一度は成功する。しかし、この作戦は身内の愚行で失敗。さらに、切り札のキングカズマが人工知能に敗れ、運命は夏希の花札勝負に託される。陣内家の面々のアカウントを賭けて勝負を始めた夏希は、最初は有利に勝負を進め、着実にアカウントを取り戻していく。しかし、ふとした油断からアカウントのほとんどを奪われてしまう。人工衛星落下が目前に迫り、もはや万事休すかと思われたとき、そのピンチを救ったのは・・・この先の展開は読めなかった。思わず涙があふれてきた。ゲームをほとんどしたことのない私が、バーチャル空間での出来事に感動させられるとは予想しなかった。おそるべし細田守
夏希の勝利のあとも危機が続くが、最後は健二の奮闘で、陣内家は「合戦」に勝利を収める。夏希と健二のカップルをみんなが祝福して、大団円。
このメインストーリーの一方で、高校生の陣内了平は甲子園地方予選で熱投を続ける。このもうひとつの「戦い」は、陣内家が守るべき存在の象徴として、ストーリーの中で重要な位置を占めている。この構成は、憎い。脚本は、完璧といって良いだろう。
美術監督は、「もののけ姫」以来ジブリを支えてきた武重洋二。舞台となる上田市の自然や、夏のシンボルとして繰り返し登場するアサガオの花などが、繊細かつ美しく描かれている。一方で、OZの仮想世界は村上隆的なイメージがひろがる独特の世界。細田守監督が村上隆と親しく、ルイ・ヴィトンのプロモーションアニメを一緒に作ったキャリアがあることを始めて知った。日本のアニメーションの伝統を受け継ぐ美しい背景画と、かわいらしいアバターが飛び交うOZの仮想世界の対比も、見事である。
夏希の声は、声優初挑戦の桜庭ななみ。実に自然な演技で、声優初挑戦とは思えない。アイドルを声優に起用すれば、ネット上で必ずブーイングが出るのだが、今回はそのような批判が聞こえてこない。神木隆之介(健二)、富司純子(栄おばあちゃん)らのベテラン陣にひけをとらない良い仕事をしている。
この映画は、細かいところまで作りこまれている。陣内家の襖絵は若沖風だし、陣内由美(了平の母)が着ているTシャツは日本人メジャーリーガーの日替わりだ。その由美の声は、仲里依紗(「時かけ」の真琴役)。ほかにも随所に細工が施されているに違いない。
「家族」や「つながり」という普遍的なテーマをとりあげながら、その描き方は自然体であり、そしてテーマへのアプローチは新しく、ユニークだ。
ほとんどケチをつけようがない、完成度の高い作品だ。
しかし、映画を観終わってから、何か物足りなさを感じた。疲れた気持ちで観にいって、元気をもらったかと言えば、そうでもないのだ。「時かけ」のときにも感じた、映画で描かれた世界との距離を、今回も感じてしまった。細田監督が描きたいことと、私が受け取りたいことの間に、ずれがあるのだろう。もっともこれは、個人的な趣味の問題かもしれない。