生物多様性に多数の指標が必要な理由

気温という単純明快な指標で測れる温暖化現象と違って、生物多様性には統一された指標がなく、わかりにくいという声をしばしば聞く。昨日の集まり(科学技術振興調整費による伊勢湾プロジェクトの公開講演会)でも、パネルディスカッションの席上で代表者のT先生からそのようなコメントがあり、環境省のTさんもそれに同意された。私はこの議論には納得がいかないので、パネラーとして次のような発言をした。
生物多様性には統一された指標が必要だという考えは適切ではないと思います。人間の健康診断を考えてみてください。人間ドックを受ければ、血液だけでも、ガンマGTPコレステロール、尿酸値など多くの指標について調べます。それぞれの指標に重要な意味があり、それらを総合して初めて健康診断ができるのです。生態系や生物多様性は人間の体よりずっと複雑です。その診断を、少数の指標だけで行うのは無理です。
医学では、内科、外科、歯科など多くの専門に分かれ、個々の症状に対する治療を行うことが、しばしば問題を引き起こしています。個々の症状の背景にあるつながりについて、体全体の状態をよく見て判断することが重要です。同じことが生態系にも言えます。研究者は業績をあげるために、自分の専門領域について深く調べます。ある人はフラックスの専門家として、別の人は安定同位体比の専門家として研究を深めます。全体を見るアプローチは、研究者の世界ではなかなか評価されにくいという事情があります。しかし、現場で生態系の保全や復元に取り組む場合には、たくさんの指標を関連づけて、全体を見ることが大切です。」
このあと、町医者のようにローカルに経験を積んで全体を見ることと、地球全体の変化を見ることのどちらが重要か、というような質問があった。私の答えは以下のとおり。
「月並みな答えですが、どちらも重要です。ローカルからグローバルへのボトムアップ的アプローチと、地球全体からのトップダウン的アプローチの両方があって初めて全体が理解できるのだと思います。」
あまりにも当然の答えだと思うのだが、研究者はしばしば自分が採用しているアプローチのほうが重要だと思い込みがちである。研究をするときはそれで良いが、現場の問題についてコメントをするときには、バランスのとれた判断をする必要がある。