新入生に薦める本(3)トレンドの一冊

時流に乗った本から一冊を選ぶなら、この本。

合衆国再生―大いなる希望を抱いて (単行本)
バラク・オバマ (著), 棚橋 志行 (翻訳) ダイヤモンド社 (2007/12/14)
ISBN:9784478003534
時代の転換期に新しいリーダーは生まれる。そのリーダーの力は、言葉だった。対立を乗り越えて新しい時代を作ろうと語るオバマの言葉に耳を傾けてみよう。

美しい国」は注文して読んでみたが、とくに感銘を受ける点はなかった。軽い本である。「とてつもない国」は本屋でページをめくっただけで、買うのをやめた。そもそも、タイトルからして、軽い。
「合衆国再生」は、博多駅の本屋で、たいして期待せずに手にとってみた。予想に反して、言葉にずっしりとした重みがある。少し読んだだけでこれは読む価値があると判断し、購入。新幹線の中で一気に読んだ。その後原書を注文し、さらには本人による朗読のCDまで買ってしまった。
原題は”The Audacity of Hope: Thoughts on Reclaiming the American Dream”。
まずタイトルに、Audacityというあまり耳にしない表現が遣われている。「大胆不敵」という意味である。原書を読むと、このような難しい表現がかなり頻繁に使われている。たとえて言えば「四文字熟語」を多用している文章である。月並みな表現ではなく、かなり選び抜かれた言葉が使われていると感じる。その一方で、文章は平易であり、語り口はソフトである。
もちろん、表現よりも内容のほうが重要なのだが、著者の言葉遣いへの繊細な配慮は、彼の思想と無縁ではない。
本書の中で、著者は現代合衆国社会に満ち溢れた対立の数々をとりあげている。大きくは共和党民主党の対立がある。そして、同じ党内ですら、中絶に対する評価、イラク戦争に対する評価、同性愛に対する評価など、あらゆる問題に対立がある。そして政治家は、これらさまざまな対立の中で、二者択一的な態度の決定を迫られる。個々の法案への賛否が公にされ、圧力団体からの評価に絶えずさらされる。いまこの時点でも、著者はクリントン候補との間で、さまざまな問題への判断を迫られ、絶えず評価にさらされる。このような対立こそが、合衆国の病んだ社会の背景にあると、著者は考えている。
そして著者は、このような対立をのりこえるには、「共感」こそが重要だ主張する。この主張は、非常に「日本的」だ。
相手の立場にたって考えてみよう。そしていたずらな対立は避け、一致できるところで合意して前に進もう。たとえば中絶の是非で意見が違っても、不幸な妊娠を避けることの重要性では一致できるだろう。
これがオバマの主張のエッセンスだ。
「共感」を生み出すためには、言葉を選ばなければならない。著者は一つ一つの対立について、それを乗り越えるための言葉をいつも探している。だから言葉に力があるのである。決して演説がうまいだけではない。
本書のもうひとつの特徴は、建国以来の合衆国の歴史について、随所で言及していることだ。これは「共感」をひろげるための、著者の重要な戦略だと思う。
たとえば歴代の合衆国大統領が、どのような歴史的功績を残してきたかについての話題をたくみに盛り込むことで、著者が栄光ある合衆国の歴史に名前を残した先人たちの隊列に連なっているのだという印象を演出している。
さすがはハーバードロースクールを出て、アフリカ系合衆国民として史上初の「Harvard Law Review」の編集長を務めただけの知性である。実際に合衆国の歴史を熟知しているのだろう。・・・このような印象を読者に与えることで、エリート層からも幅広い支持を集めているに違いない。
一方で、地道なコミュニティ活動の実績もあり、低所得者層からの支持も厚い。
「リベラルのアメリカも保守のアメリカもなく、ただ“アメリカ合衆国”があるだけだ。ブラックのアメリカもホワイトのアメリカもラティーノアメリカもアジア人のアメリカもなく、ただ“アメリカ合衆国”があるだけだ」。「イラク戦争に反対した愛国者も、支持した愛国者も、みな同じアメリカに忠誠を誓う“アメリカ人”なのだ」という有名なスピーチは、決してリップサービスではない。分裂し、深刻な対立を抱えた合衆国を再生してくれるのはオバマではないか。そう多くの国民に納得させるだけの言葉が、本書には綴られている。
本書を読むまで、私はアメリカ合衆国にあまり希望を抱いていなかった。しかし、オバマのようなリーダーを生み出す力を、まだこの国は持っていたのである。