新入生に薦める本(2)必読の一冊

「必読の一冊」を選ぶのは難しい。そもそも、誰もが読まねばならない本など、あるはずがない。
「必読の一冊」が意味するところは、できるだけ広い層の読者に推薦したい本、ということである。薦める相手が新入生なら、理系の学生にも文系の学生にも興味を持ってもらえる本を選びたい。
私が選んだのは、次の本である。

心はどのように遺伝するか―双生児が語る新しい遺伝観 (ブルーバックス) (新書)
安藤 寿康 (著)
# 出版社: 講談社 (2000/10)
# ISBN:9784062573061
ヒトの個性を作るのは遺伝か、それとも環境か? 双子の研究から明らかにされた事実は、驚きに満ちている。本書を読まずに、人間は語れない。

人間ほど不思議な存在はない。古今東西、多くの識者が人間について考えをめぐらし、独自の見解を披露してきた。しかし今や人間は、思索だけの対象ではなくなった。科学が人間の謎に迫りつつあるのだ。
本書の最初に登場するのは、いとこどうしの二人、チャールズ・ダーウィンとフランシス・ゴールトン。並べて掲載された写真は、確かによく似ている。しかし似ているのは顔立ちだけではなかった。
二人とも医学を学んだあとでケンブリッジ大学に入り、古臭い教育になじめず、成績はそこそこだった。卒業後は世界旅行を夢見て、実際に南方の旅に出た。その後二人とも、遺伝学の研究をした。このような類似を作り出したのは、生まれか育ちか? この古くて新しい問題に、双子研究というユニークな方法で挑んだ研究成果を、わかりやすく紹介した本である。
しかも、とりあげられているのは「心」の遺伝。面白くないはずがない。
「心」の性質でも双子はよく似ているが、とくに一卵性の双子には遺伝の影響が強い。違う家で育てられた双子を比較すれば、双子の類似がどの程度遺伝で決まっているかがわかる。こうした研究からわかってきた事実は、実に衝撃的である。
外向的か、神経質か、どんな職業が好きか・・・双子の比較研究によれば、実はどれにも遺伝の直接的影響が4割をこえているという。
さらに、知能や学業成績にも、強い遺伝の影響が認められる。
「幸福を感じるかどうか」という性質に至っては、二卵性双生児はほとんど似ていないが、一卵性双生児の類似度はずばぬけて高い。
これらの事実を知れば、私たちは遺伝の魔の手から逃れられないのではないかと思いがちである。
しかし、これらの衝撃的事実は、遺伝決定論では決して理解できない。遺伝と環境の関係を正しく理解してこそ、私たちは自分に与えられた個性を生かすことができる。それが、本書にこめられたメッセージだ。
個人的には、年をとるほど遺伝の影響が強くなる、という指摘に目から鱗が落ちた。
著者は気鋭の心理学者。心理学は、日本では文学部に置かれているが、すぐれて自然科学的でもある。幅広い分野の学生に一読を薦めたい一冊である。