「利己的な遺伝子」増補新装版

利己的な遺伝子」は依然として影響力のある本なのだろう。 <増補新装版>が出版されたそうだ。

利己的な遺伝子 <増補新装版>
リチャード・ドーキンス (著), 日高 敏隆 (翻訳), 岸 由二 (翻訳), 羽田 節子 (翻訳), 垂水 雄二 (翻訳)
紀伊國屋書店 ; ISBN:4314010037 ; 増補新装版 (2006/05/01)

本書を読んで目からうろこが落ちたという長谷川さん(昨日の日記参照)と違って、私はこの本にまったく影響を受けなかった。Dawkins "The Selfish Gene"が『生物=生存機械論』というタイトルで邦訳されたとき、私はMaynard Smith "The Evolution of Sex"などをすでに読み、群淘汰による説明の問題点を理解していた。『花の性』(ISBN:4130601601)に書いたように、"The Evolution of Sex"は私にとって、衝撃的な本だった。このとき私は、"The Selfish Gene"で解説されている考え方を、本格的な進化理論のテキストを通じて学んでしまった。そのため、『生物=生存機械論』を読み始めてもあまり感銘を受けず、単なる普及書という以上の感想を持たなかった。いまでも、この本の内容はほとんど記憶に残っていない。
感銘を受けなかったもうひとつの理由として、私が植物分類学の出身であり、さまざまな動物の利他行動を「種の存続のため」と解釈する古典的な研究にまったく影響を受けていなかったことがあるだろう。また、植物分類学者の卵として「種」について考える中で、動物分類学の研究で広く支持されていた「生物学的種概念」が植物では一般的に適用できないという結論に達し、「種」というものの実在性に懐疑的になっていた。そのため、「種の存続」という説明のあいまいさに気づいていて、群淘汰批判になんら新鮮さを感じなかった。
私は、ドーキンス著「利己的遺伝子」は、功も罪もある本だと思っている。この本は、ドーキンス一流のレトリックを駆使した普及書であって、新たな理論を提唱した本ではない。しかし、多くの読者は、レトリックに騙されて、「利己的遺伝子」という「新たな理論」が提唱されたかのように錯覚している。
長谷川さんのように、本書を通じて行動生態学の現代的理論のエッセンスが理解できたという人がいるから、確かに功もあった。しかし、所詮は普及書である。しかも、「利己的遺伝子」というコピーに象徴されるように、表現が巧みであり、それだけに、誤解を生みやすい面があった。現時点では、本書は単なる普及書ーそれもいささか時代遅れとなった普及書ーにすぎないという評価を、確立する必要があると思う。