微生物の世界

昼食から戻ったら、以下の本が届けられていた。

微生物の世界
監修:日本菌学会ほか
編集:宮道慎二ほか
発行:筑波出版会
発売:丸善
ISBN:4924753564
12,000円+税

朝日新聞「ひと」欄で、自称「微生物の宣教師」、宮道慎二が紹介されており、この本をぜひ欲しいと思っていた。「ひと」欄の記事の書き出しが良い。

顕微鏡をのぞいたら、「花」が咲いていた。肉眼では決して見ることができないカビのもうひとつの姿。
大阪大学工学部3回生の春、微生物の美しさに魅せられた。

その後32年間、微生物の世界をいとおしんできた宮道さんが、2001年から本格的な写真集づくりに着手し、ようやく出版にこぎつけたのが本書である。
掲載されている写真は、1005枚。
美しい。ページを開くごとに、思わず魅入ってしまう。
同じような感動を、小さい頃に味わった記憶が、突然よみがえった。
物心ついた頃、実家の本棚で、玉川出版部から出ていた学習大辞典を見つけて、読みふけったことがある。Webcatを検索してみたところ、「動物界概説・脊椎動物」「無脊椎動物・動物總論」がヒットした。たぶん、「無脊椎動物・動物總論」のなかの、原生動物についての解説だったと思う。
太陽虫や、ラッパ虫や、夜光虫などのさまざまな「原生動物」を美しく描いたページがあった。見たこともない微生物の世界に、心がときめいた。残念ながら当時は、顕微鏡の世界は、子供の手の届かないところにあった。もし小さな頃に顕微鏡をのぞく機会があったら、私は微生物学者になっていたかもしれない。
その後、植物の性の研究を通じて、植物ウイルスの研究に手を染めたのは、偶然ではなかったのだろう。
九大で、植物ウイルスの研究を手伝ってくれたFさんが、本書の作成に協力していたとは、知らなかった。Fさんから届けられた本書には、「生態研でお世話になることが決まっていなければ、(宮道さんからの)連絡がうまく届かず、写真を提供する機会を失っていたかもしれません」という手紙が添えられていた。「微生物に愛を感じることのできる先生だと思いますので・・・」とも。
えぇ、えぇ、感じますとも。
第I部は原核生物
たとえば、16-17ページのグラム陰性細菌のカラー写真を見れば、著者や撮影者の微生物への愛情が、ひしひしと伝わる。「バイキン」たちが、美しい。
個人的には、拡大率が異なる3枚の放線菌の写真(47ページ)が好きだ。この生物は、引いて見ても、寄って見ても、面白い。
細菌が棲む極限環境(深海、温泉、イエローストーンなど)の景観写真もあり、いかに多様な環境に細菌が暮らしているかを伝えている。
第II部は菌類。
ミズタホコリカビの一種(71ページ)の透明感あふれる胞子体と、黒い胞子嚢のコントラストの美しさは、緑色植物の世界では絶対に見られない。柄についた水滴が、カビの美しさをひきたてている。生えているのは糞の上なのに、穢れを感じさせない美しさ。撮影者の、カビに対する深い、深い、愛情が感じられる。
クワ裏うどんこ病菌の子のう果(90ページ)も、綺麗だ。あの、うどんこ病菌は、クローズアップしてみると、こんなに綺麗なものだったんだ。
サクラソウくろぼ病菌(107ページ)の写真は、外見上美しく咲いている花の中にうごめく別の生命のたくましさを、リアルに、つまりダークに活写している。
麹カビの走査電子顕微鏡写真(120ページ)は、ともすれば無機質な写真になりがちな撮影方法を使いながら、繊細きわまりない形態美と、なまめかしい繁殖体の躍動感を、見事に映し出している。しかも、A4版の本書の1ページを飾る、グラビア写真である。
変形菌サビムラサキホコリの子実体(141ページ)は、長い変形体生活の末により集まった粘菌が、ホコリ(胞子)を散らす瞬間をとらえていて、ドラマチックだ。続く8枚は、造形美の点で、粘菌がいかにすばらしい生き物かを示す、見事な組写真である。
第III 部は微細藻類。
ボルボックス目のPleodrinaの光学顕微鏡写真(155ページ)では、光輝く鮮緑色の細胞の群体が、暗闇の中に浮かんでいる。光の表現と、不思議な空間の表現は、芸術品であり、どんなCGでもこのリアリティに及ばないだろう。
珪藻(164-165ページ)や、ハプト藻(167ページ)や、渦鞭毛藻(170ページ)の走査電子顕微鏡写真は、珪酸質の殻や、炭酸カルシウムの円石や、セルロースの鎧板の造形美を緻密に表現している。これらはやや無機的な画像ではあるが、生命が作り出す造形の繊細さに、あらためて驚かされる。
第IV部はウイルス。
たかがDNAやRNAの断片でありながら、寄生体として生命に大きな脅威をもたらすウイルスたちの「生命力」が、電子顕微鏡写真で描き出されている。ぎっしりと並んだ結晶の集合体、出芽中のウイルス粒子、細菌の細胞に群がるファージなどは、確かに、「生きている」。
微生物への愛情がたっぷりこもった一冊。このような学術書が刊行されることは喜ばしいが、買う人がいなければ、学術書の将来は暗い。
やや高価な本だが、微生物に多少とも興味のある方は、ぜひ購入されたい。
微生物に興味がなくても、写真を見るだけで、圧倒される。多様な生物について何かを語ろうとする人には、必見・必読の一冊である。

いかん、今は微生物の写真に魅入っている時間はないのであった。○○○○の原稿を早く書かねば。