ヒトの脳はネアンデルタールとの交雑を通じて進化した!?

集団生物学の授業のためにヒトの進化に関する最新の研究をレビューした。その過程で、ネアンデルタールとヒトが交雑したことを支持する新しい証拠が発表されていることを知った。ネアンデルタールのDNA配列から、交雑はなかったという結論が出たと思っていたが、この結論を下すのは時期尚早だったようだ。しかも、交雑がヒトの脳の適応進化に貢献したことを示唆する証拠が出た。この報告は2006年に発表されたのだが、昨年から今年にかけていくつもの総説や論文でとりあげられ、ホットな議論の対象となっている。関連の論文を書きとめておく。

  • Evans & al. (2005) Microcephalin, a gene regulating brain size, continues to evolve adaptively in humans. Science 309: 1717 - 1720.

発端となったのは、この論文。しばらく前の研究室セミナーで、M君が紹介してくれた。脳の大きさを制御するミクロセファリンの遺伝子には、ヒト集団に広く見られる一群の近縁なハプロタイプ(ハプログループD)がある。このハプログループDは、約3万7千万年前にヒトの集団にあらわれ、その後正の淘汰によって急速に頻度を増したのだ。これだけでも大発見であり、論文がScienceに掲載されたのもうなづける。ところが、Evansらの大発見はこれだけにとどまらなかった。

  • Evans & al. (2006) Evidence that the adaptive allele of the brain size gene microcephalin introgressed into Homo. PNAS 103: 18178-18183.

ハプログループDが他のハプロタイプから分岐した年代をたどると、なんと110万年前にさかのぼってしまった。ハプログループDに属するハプロタイプの共通祖先は、3万7千万年前。この桁の違いを説明するには、ヒトと約100万年間隔離されて進化した別種(おそらくネアンデルタール)が、3万7千万年前にヒトと交雑し、ヒトにハプログループDの祖先遺伝子を渡したと考えざるを得ないとEvansらは主張した。このような可能性を示唆する遺伝子はこれまでにもいくつか知られていたが、どれも中立と考えられる非機能的配列だった。ところがミクロセファリンは、脳のサイズに関係している。しかも、過去3万7千万年前の間に、正の淘汰をうけてヒト集団中に急速にひろがったことが確かだ。

  • Trinkaus (2007) European early modern humans and the fate of the Neandertals. PNAS 104: 7367-7372.

こうなると、ヨーロッパに北上したヒトがネアンデルタールと交雑したのではないかという議論が復活するのは当然の流れだ。Trinkausは、頭骨などの形態から、European early modern humansはアフリカのearly humansには見られないネアンデルタール的特徴を持っているので、2種は交雑していたに違いないと主張している。ネアンデルタールのDNA配列データから、一度は棄却されたかに思われた交雑説が、息を吹き返した。

  • Finlayson & Carrión (2007) Rapid ecological turnover and its impact on Neanderthal and other human populations. Trends in Ecology & Evolution 22: 213-222.

この総説では、最終氷期(5万年ー1万2千年前)ヨーロッパの気候・植生・動物相をヒトとネアンデルタールの分布や文化と比較し、気候変動にともなって揺れ動いた植生や動物相がヒトの進化に与えた影響を考察している。地図や絵が多くて、分野外の者にはイメージがふくらむ。

  • Hawks & al (2008) A genetic legacy from archaic Homo. Trends in Genetics 24: 19-23.

この総説では、遺伝学的立場から、Evans らの発見の意義を考察している。(さきほど見つけたところ。まだちゃんと読んでいない)

※グローバルCOEの申請書改訂に憂き身をやつし、今日もこの時間。上記のブログは、憂さ晴らしである。