ウラボシ科はうらめしか

先だって環境省から公表された植物レッドリストには、学名の記載ミスがった。一番お恥ずかしいのは、コケタンポポの学名が Solidago altissima になっていること。何人もの委員が目を通しているはずだが、見落としてしまった。もうしわけない。
やむなく、学名を修正したリストをもういちどリリースする。そのために、担当のF君が、学名について入念にチェックしている。この作業の過程で、レッドリストの学名と、グリーンリスト(維管束植物の全種リストで、いずれ環境省植物目録改訂版として公表される予定)の学名、および BG plants の不一致を F君 が表にしてくれた。グリーンリストの作業を始めた段階(もう7年前になってしまった)では、BG plantsの原リストと可能な限り学名を統一した。レッドリストの学名は、グリーンリストに依拠して作ったはずだった。しかし、それぞれのリストが独自の歴史を重ねるうちに、次第に分化が進行してしまった。
少なくとも、グリーンリストとレッドリストの学名は一致させなければならない。
そのため、F君が作ってくれた表をもとに、学名の統一作業を始めた。
厄介なのは、ウラボシ科だ。最新のBG plantsでは、学名がずいぶん変更されていて、平凡社刊「日本の野生植物・シダ編」とはかなり違っている。そこで、分子系統学的研究の最新結果を探してみた。

Schneider H, Smith AR, Cranfill R, et al.
Unraveling the phylogeny of polygrammoid ferns (Polypodiaceae and Grammitidaceae): exploring aspects of the diversification of epiphytic plants
MOLECULAR PHYLOGENETICS AND EVOLUTION 31 (3): 1041-1063 JUN 2004

がもっとも新しい。この研究によれば、Microsorum(和名ではヌカボシクリハラン属だが、後述のとおりこの名前は使わないほうが良い)は、やっぱり単系統ではない。丸い胞子のう群がちらばってつくといういかにも祖先的な形質でまとめられた属なので、さもありなんである。
タイプ種を含む狭義のMicrosorumと姉妹関係にあるのは、オキノクリハラン(平凡社ではオキノクリハラン属のLeptochilus decurrens Blume)や、ヤリノホクリハラン(平凡社ではイワヒトデ属のColysis wrightiiだが、上記の論文ではLeptochilus macrophyllus var. wrightii)。
ヌカボシクリハランは分析されていないが、ごく近縁なハハジマヌカボシ(BG plantsではヌカボシクリハランと同種扱い)は、Neocheiropteris superficialisの名前で系統樹に加えられており、なんとクリハラン(Neocheiropteris ensata)と同じクレードに属す。ヌカボシクリハランは、Neocheiropteris(クリハラン属)に移したほうが良い。ここまでは、結論もすっきりしているし、学名もすでにあるので、問題ない。
結局、Schneiderらの系統樹によれば、狭義のMicrosorumは、日本には分布しない。
では、平凡社の図鑑などでMicrosorumに分類されていた残りの4種(ミツデヘラシダ、ホコザキウラボシ、タカウラボシ、オキナワウラボシ)の所属はどうなるのか。
ミツデヘラシダMicrosorum pteropusは、何とアリノスシダLecanopterisと姉妹関係のクレードに含まれている。BG plantsでは、Colysis pteropus (Blume) Bosmanという学名を使い、イワヒトデ属に含めている。しかし、上記のように、ヤリノホクリハランは系統樹の別の位置にあるので、Colysisに含めるのは妥当ではない。
ホコザキウラボシ(BG plantsでは、Colysis insignis)は、上記の論文では分析されていないので、系統的位置がよくわからない。
タカウラボシ、オキナワウラボシは、BG plantsでは、それぞれPhymatosorus nigrescens, Phymatosorus scolopendriaとされている。上記の論文ではPhymatosorus commutatumが分析されていて、この種はオキノクリハランやヤリノホクリハランと同じクレードに属している。タカウラボシ、オキナワウラボシは、将来的には、Leptochilusに分類されることになりそうだが、現状ではPhymatosorusの下での名前を使っておく以外にないだろう。
あぁ、ややこしい。ここまで読んだ人は、かなりシダの分類に入れ込んでいる人だろう。それ以外の人は、途中で読むのを放棄したに違いない。
しかし、話はもっとややこしいのだ。