葉と茎の特殊化の分子機構

大会3日目の午前中は、The evolution of morphological novelties and other bauplan oddities in flowering plants(顕花植物における形態的新奇性と基本体制の珍奇性の進化)というシンポジウムに出た。進化発生学的アプローチを使って、植物の葉や茎の大きな変化、とりわけ「変な形」の進化に迫ろうという研究が始まっている。これからの展開が楽しみな分野である。
トップバッターは、UC DaviesのNR Sinha。彼女のグループは、単葉から複葉への進化に、KNOX遺伝子が関わっていることを明らかにした(Bharathan et al 2002)。KNOX遺伝子とは、Knotted-like homeobox遺伝子の略で、形態形成に関わる転写制御因子の一つである。もちろん、遺伝子ファミリーをつくっている。このうちKNOX-1は、茎頂分裂組織で発現するが、葉の原基では発現しない。茎頂分裂組織の形成と維持に関わっている。ところが、複葉では、KNOX-1遺伝子が葉で発現されるような進化的変化が起きている。このような変化は、単葉から複葉が進化したさまざまな系統で、独立に生じているというのが、Bharathan et al (2002)の結論だった。茎から葉を切り出すことに関わる遺伝子が、葉で発現するように変化することで、単葉から複葉が進化したわけである。
ところが、このルールに会わないグループがある。マメ科のうち、蝶形花をつけるグループ(derived clades)である。マメ科でも、ジャケツイバラのように蝶形花をつけないグループ(basal clades)では、複葉の形成過程で、KNOX-1遺伝子が発現する。マメ科のderived cladesで、複葉の形成にどのような遺伝子が関わっているかを調べた最新の成果が紹介されたが、結論は出ていない。花の形成にも関わるLFYを組み込んだダイズの芽生えでは、葉の形の複雑さが減少した。また、トマトの複葉で小葉の配置に関わることが立証されているPHANTASTICAKim et al Nature 424:438-443)のホモログLePHANを過剰発現させると、やはりより単純な葉が作られた。しかし、これらの遺伝子は、KNOX-1に変わる本命とは思えない。
Sinhaはまた、セイロンベンケイソウの葉に不定芽が作られる機構を調べた研究結果を紹介した。In situ hybridizationで不定芽が作られる過程での遺伝子発現を調べると、STM(Shootmeristemless)遺伝子や、LEC-1 Bドメイン不定芽で発現していた。
RNAiでSTMの発現を抑えると、不定芽を作らなくなった。
LEC-1に関しては、セイロンベンケイソウの近縁種の中で、不定芽をつくる種とつくらない種についてLEC-1遺伝子の配列を比べると、不定芽をつくらない種ではABCドメインが揃っているが、不定芽をつくる種では、ABドメインだけになっていた。そこで、シロイヌナズナのlec-1突然変異系統(LEC-1遺伝子を発現しない系統)に、ABCドメインが揃ったLEC-1遺伝子と、ABCドメインのBとCの間にストップコドンを入れたLEC-1遺伝子をトランスフォームしてみた。この実験結果については、よく聞き取れなかったので、後で誰かに確認しておこう。
次に、ミシガン大学のRW Jobsonが、食虫植物であるムシトリスミレ科の形態進化について講演。この講演を一番期待していたのだが、進化発生学的な研究にはまだ着手していないようで、これまでに発表されている内容のレビューをした講演だった。もちろん、写真は楽しめたのだが。
ムシトリスミレ科は、ロゼット葉を持つ陸生のムシトリスミレ属と、水生植物のGeslisea属、タヌキモ属からなる。水生の2属は姉妹群であり、根と茎の分化、および葉と茎の分化が不明瞭になっている。ムシトリスミレ属は、ロゼット葉で「ハエトリ紙」式の捕虫を行うが、水生の2属は特殊な捕虫器官を持つ。Geslisea属の捕虫器官は2分岐したリボン状だが、タヌキモ属の捕虫器官は袋状で、高度に特殊化している。
水生の2属では、分子進化速度が加速している(Jobson et al, 2002)。しかしこの加速の原因は、まだよくわかっていない。おそらく、水生生活への適応と関係しているのだろう。
これからの研究の展望として、KNOX遺伝子を調べたいと述べて、講演を終えた。
エジンバラ植物園のM Moellerは、イワタバコ科のStreptocarpusについて話をした。Streptocarpusでは、子葉が分裂組織を維持して成長を続けるという変わった性質がある。成熟個体がつける「葉」は、実は「子葉」なのである。このStreptocarpusの「子葉」で、STMの発現を調べた研究成果を報告した。
次の講演が始まるので、続きはまた後で。