屋久島の植物のニッチ分化

今日は大学が停電なので、家にこもって講演の準備をした。3-7日に北京で開催される、Evolutionary Biology in the 21st Century‐Tracing Patterns of Evolution through the Tree of Lifeというシンポジウムで30分の基調講演をしなければならないのだ。参加者は、分子系統学者が多いが、ecological niche modeling とmolecular phylogenyの統合を試みているJohn Wiens (State University of New York)も参加する。彼は、Combining phylogenies and GIS-based climatic data to study evolutionary and ecological patternsと題して話す予定である。今の私の関心にかなり近い仕事をしている人なので、話をするのが楽しみだ。
John Wiensが参加するシンポジウムで話をするなら、私の講演にも群集におけるニッチ分化の話を盛り込んでみたい。そこで、かねてから暖めているアイデアを検証してみることにした。
屋久島では、200地点以上の調査定点(100m×4m)を設け、600種をこえる植物の分布データをとった。この分布データから、標高、傾斜、日照時間、雨量などを説明変数、分布の有無を従属変数として、回帰モデルを作ることができる。このようなアプローチをecological niche modelingと呼んでいる。ecological niche modelingの研究は、統計的な方法の進歩を背景に、過去5年あまりの間に急速に発展し、ひとつの「業界」ができた。屋久島でとったデータを解析するうえでは、この「業界」を相手にしなければならないが、確立された方法を使うだけでは面白くない。
「業界」主流の研究では、歴史は無視して、現在の環境要因だけで分布を説明している。分布には歴史的事情が影響しているので、分子系統樹を使った歴史の推定とecological niche modelingのアプローチを組みあわせれば、もっとましな分布研究ができるだろう。このように考えてみたのだが、この程度の着想は、すでに何人かのパイオニアによって実行されている。John Wiensはそのパイオニアの一人だ。さらに新しい着眼点を考える必要がある。
思案の末に思い至ったのが、開花フェノロジーである。種の垂直分布も、開花フェノロジーも、類似した折れ線グラフであらわすことができる。種の分布や開花フェノロジーの中点を種のニッチの値と見なし、系統樹にもとづいて「対比」を計算すれば、種分化の過程で、どちらのニッチ軸でより大きな分化が生じたかを評価することができる。開花フェノロジーは、GISで取得できるデータではないので、ecological niche modeling業界ではまったく無視されている。ecological niche modeling業界では、開花フェノロジーに限らず、「生物間相互作用」に関しては、ほぼ無視している。これは、この業界の最大の弱点と言っても良いだろう。
将来的には、分子系統樹にもとづく解析をしたいが、来週のシンポジウムにはとても間に合わない。そこで、同属または近縁属の種の組を選んで、姉妹群比較をすることにした。たとえば、イヌガシとシロダモ、サザンカとリンゴツバキ、アカガシとウラジロガシ、などを組にして、対比を計算するのである。
標高については、とりあえず手元にある尾の間歩道の垂直分布データをもとに、分布地点の標高の平均値を求め、種の値とした。
開花期については、文献・標本記録・写真の日付などから、開花最盛期にあたる「月」を数値化した。つまり、開花期は12段階で記録し、姉妹群ごとに対比を計算した。
この作業を、高木種、低木種、草本種(シダはのぞく)について行い、標高の対比をy軸、開花月の対比をx軸として散布図を描いた。
結果は、私の予想どおりだった。高木種では、標高におけるニッチ分化より、開花期におけるニッチ分化が頻繁に生じている。一方、草本種では、標高におけるニッチ分化が卓越している。低木種の結果は、その中間である。これらの結果は、かなりクリアだ。データ・分析法ともに、今後さらに精緻化をはかる必要があるが、かなり頑健な結果が得られたと思う。
高木種では長距離に及ぶgene flowが生じるので、標高の違いではなかなか分化できないのだろう。また、近縁種どうしでは開花期がずれていないと、交雑による適応度の低下が顕著なものになるだろう。一方、草本種では、花粉が運ばれる距離が短いので、標高における分化が生じやすいのだろう。また、草本種は高木種に比べ、ポリネータとの関係がより特殊化したり、一方で自家受粉による繁殖の補償機構が進化したりしている。したがって、開花期による隔離の強化は生じにくいのだろう。
非常に納得のいく結果である。また、開花期におけるニッチ分化を系統を考慮して調べた研究は今までにないと思うので、北京でJohn Wiensらの意見を聞くのが楽しみである。