ガンゾウ紀行その1

広州空港には、やはりLiさんが迎えに来てくれた。昆明での国際会議から戻ったばかりとのこと。大雨のことは、Liさんもニュースで知ったそうだ。空港からホテルに向かう途中もずっと雨。翌日からのフィールドトリップでは、濡れることを覚悟した。ゴアテックスの合羽を使うことになりそうだと考えながら、ホテルに向かった。
ホテルは、華南植物園の近くのEastern Cornucopia Holiday Hotelが予約されていた。一泊約400人民元だが、華南植物園のゲストは200人民元で泊まれるそうだ。謝謝。ただし、インターネットは使えない。
夕食時に、Zhang教授がLiさんと一緒にホテルのレストランまで来てくれた。とても気さくな方で、安心した。杭州のFu教授とも懇意だそうだ。杭州天目山との比較研究を考えているので、Zhang教授とFu教授が仲良しだというのは、大変ありがたい。
翌朝は曇り。もしかすると、降られずにすむかもしれないと思い始めた。
フィールド初日は、広州市の北にある花都(市?)の王子山(581m)。国家森林公園に指定されている。国家森林公園というのは、森林回復のために設けられており、森を切らなければ政府がお金を払うのだそうだ。林齢はほぼ30年くらいだと思うが、ちょっとした渓流に沿って二次林がしっかり回復していて、種の多様性も高く、楽しめた。Camellia furfuraceaが果実をつけていたので、果実の写真を撮った。クルミ科のEngelhardia roxburghiana(スペルは要チェック)が湿った常緑林内に生えているのには驚いた。クスノキ科の多様性は、かなり高い。幸い、同行してくれた華南植物園標本館高級工程師のChenさんが植物の種類をきわめてよく知っていて、CinnamomumやMachilusの種名を聞いてもすぐに返事が返ってきた。しかし、私が見つけた開花中のLitseaは、さしものChenさんもその場では同定できなかった。
途中、抗日戦記念碑があった。1939年12月に、国民党の抗日部隊が日本軍に制圧された場所だという。多くの戦士が国のために命を落としたと説明板に書かれていた。
山頂近くはSchimaやRhododendronの多い潅木林。山頂に着いたときには、雲はかなり高くなっており、180度の眺望を楽しめた。森はかなり回復している。
山頂から別のルートで下山する途中で、カラスザンショウを見つけてしまった。今回は採集しないつもりでいたが、つい手が伸びてしまった。幼樹を見つけるたびに複葉を1枚採集した。最初は密度が低かったので、珍品を見つけた気分でいたが、下山するとともに次第に数が増えてきた。結局、集団サンプリングをすることになってしまった。
華南植物園では森林公園での採集許可を得ているようで、Chenさんはアクティブに標本を採集されていた。こんなことなら、採集用の備えをしてくるのだった。
下山の途中で、立派な果実をつけているGnetumを見た。広州にもGnetumが分布しているとは知らなかった。
1時すぎに下山し、麓の食堂で昼食をとったあと、石門国家森林公園に向かった。ここには、広州市最高峰の天堂頂(1218m)がある。ちなみに、広東省の最高峰は石坑□(Shi Keng Kong; □は土へんに空?)で、頂上は2000mをこえているという。
石門国家森林公園管理処の隣にあるホテルに4時ころ到着。ホテルの周囲はライチやヤマモモの果樹園で、森林はない。チェックインのあとすぐに車で山道を登り、森林公園の南側を走る林道の終点から、照葉樹林内をしばらく歩いた。天子山と違って、シイやカシが目につく。林床には、ミヤマノコギリシダ、ヤマソテツ、オオカグマなどの馴染みのシダが生えている。おそらく日本と同じ種だ。低木のEurya, Simplocosなどは、明らかに別種。シダは胞子による長距離散布がしばしば起きるため、なかなか分化しないのかもしれない。
夜は麓の街まで下って、円卓を囲んで「乾杯」の繰り返し。Zhang教授、Liさん、Chenさんに加え、3人の大学院生と、運転手のチョウさんを相手に「乾杯」を繰り返したので、すっかり飲みすぎてしまった。
2日目は、石門国家森林公園の北側を走る林道の終点から、天堂頂に続く山道を歩いた。このルートは面白すぎ。沢筋には野生ランやベゴニアやイワタバコ科の大形の花が咲きほこり、Callicarpaの大型種が紫色の見事な花をつけており、ヤクシマヒヨドリに雰囲気の似たヒヨドリバナまで見つけてしまった。このヒヨドリバナは、新種かもしれない。
野生のバナナが生えている沢の岩の間には、セキショウが群生していた。セキショウは外見上は日本のものと同じに見えるが、おそらく遺伝的にはかなり分化しているのだろう。
しかし、シダ類は日本と同じ種が目立つ。キクシノブやヒノキシダ、ナンカイイタチシダなどなど。オオカグマがやけに多い。九大新キャンパスに生えているのと同じ種だというのは、なんとも不思議な気がする。
樹木も、きわめて多様性が高い。分布調査をするには、まず1週間くらいかけて片端から標本をとり、種名を覚える必要がある。幸い、自由に採集ができ、またChenさんという「生き字引」の協力が得られるので、天目山よりも仕事はしやすい。公園管理処の隣にホテルがある点でも、好条件である。
Zhang教授は植物がとても好きな人で、果実や花をつけた植物を見つけては、Liさん、Chenさんと一緒に標本をとって楽しそうにしていた。3人の大学院生はZhang教授やLiさん、Chenさんが次々と繰り出す種名を手帳にメモしながら、やはり楽しそうにしていた。こういう植物好きの人たちと一緒に山を歩くのは、本当に楽しい。
しかし、このメンバーでは、距離はかせげない。沢にまだたっぷりと水量がある場所で、引き返すことになった。天堂頂まで、あと3時間かかるそうだ。
ちなみに、天気は快晴。朝は、ホテルよりも低い標高に霧がかかっていたが、それもやがて晴れた。私の晴れ運は、中国でも通用した。森の中にいる間は、暑さを感じなかったが、山を降りて車道を走るようになってからは、エアコンの利きが悪く、サウナの中にいるような暑さだった。
夜は、Zhang教授が奥さんとお子さんを連れて、ホテルまで来てくださった。4人で会食。これだけお世話になると、日本から持ってきたささやかなお土産を渡しづらくなってきた。あまりに釣り合わないのだ。