涙そうそう

古いアルバムめくり
ありがとうってつぶやいた
いつもいつも胸の中
励ましてくれる人よ
・・・
さみしくて
恋しくて
君への想い
涙そうそう

森山良子が兄を思って書いた詩には、やさしい言葉のひとことひとことに深い愛がこめられていて、口ずさむと胸が熱くなる。自分を大切にしてくれた人への、心からの感謝と、暖かい想いが伝わってくる。そういう人の記憶を心に宿して生きられる人は、幸せである。しかし一方で、もはや想うことでしか、その愛情を感じることができないのは、とてもつらいことだ。BEGINがこの詩に心を打たれてつけたメロディには、沖縄音階独特の抑揚の中に、暖かさとせつなさの両方の響きがあって、歌詞のモチーフがとても良く生かされている。そしてこの曲は、夏川りみという稀代の歌い手によって歌われ、多くの人に愛されている。もちろん私も、この歌のファンである。
この名曲をもとに作られた映画が、9月30日に封切りになった。10月1日は映画の日。山積した仕事に少しだけ待ってもらって、1000円で「涙そうそう」を見てきた。
「古いアルバム」「励ましてくれる人」「あの笑顔」「ありがとう」、そして「涙そうそう」・・・森山良子の歌詞のモチーフをうまく生かした物語である。
涙そうそう」の歌が好きなら、この映画もきっと好きになれるだろう。
映画で描かれているのは、大切な人を大切にすることのすばらしさ。それをいくらかでも信じられる人なら、この映画に素直に共感できるだろう。
涙もろい人なら、ハンカチなしでは済まない。そんな悲しい物語だが、見終わった後には、とても暖かい気持ちにつつまれる。
励ましてくれる兄(ニィニィ)は、妻夫木聡。スクリーンで初めて見たが、飾らない、自然な笑顔が魅力的だ。彼の笑顔が映画全体を明るくしており、そして最後に深い感動を生み出している。現実にはとてもいそうにない好青年だが、スクリーンの中のニィニィにはリアリティがあって、世の中にはこんな好青年もいるのだと、安堵した気持ちになれる。若い男性俳優には点が辛い私だが、この人の好感度には、脱帽する。
励まされる妹のカオル(カオルゥ、と聞こえる)は、長澤まさみ。一見して、あまり「華」や「艶」を感じないのに、どうして人気があるのだろうと思っていたが、この映画を観て、納得がいった。大声で笑っても、泣き崩れても、表情が不自然に崩れない。喜怒哀楽を全身で表現していて、これだけ大振りをすれば演技が軽くなってしまいそうだが、安定感がある。単にかわいいだけではなくて、表情や表現力が豊かだ。その表現力で、中学生から大学生までの「かわいさ」を演じている。これなら、人気が出るはずだ。
舞台は沖縄。小さな島でおばぁに育てられたカオルゥが、高校に通うために本島の兄のもとに越してくる。久しぶりに会う妹を港で迎える兄。海をはさんで、船上と埠頭で飛び跳ねる二人の軽やかな動きがいい。海も空も、すきとおった沖縄の色。空気にも透明感があり、沖縄が好きな人にとっても、沖縄に暮らす人にとっても、冒頭から嬉しいシーンが続く。
ニィニィは、市場から野菜を配達するアルバイトをしている。沖縄の市場の様子とそこで暮らす人たちの日常を通して、大都会の「豊かさ」とは違った、心の通ったゆたかさが描かれている。その日常の中で、ニィニィが振りまく笑顔がとても良い。
カオルゥとニィニィは、実は血のつながっていない兄妹である。この設定は、森山良子の歌詞にはないものだ。映画「涙そうそう」では、この設定がほんのりと甘く香るスパイスとしてうまく使われている。
ニィニィは、すっかり大きくなったカオルゥと同じ屋根の下で暮らすことに、少しどきどきしてしまう。しかし、小さいころから兄と妹として接してきた二人である。すぐに兄妹としてうちとける。ニィニィは、妹を守ることを、自分が生きる使命だと思っている。自分の店を持つという夢を達成して、さあこれから妹に楽な思いをさせてやれるという矢先に、事態は急展開する。兄を助けようとして、学校の帰りにこっそりアルバイトをするカオルゥ。その隠し事を知ったニィニィは、カオルゥを厳しく叱るのだが、カオルゥには、兄の犠牲のうえに生きたくないという自立心が芽生えていて、二人は激しく言い争う。ここは、泣けるシーンではないけれど、良いシーンだと思う。二人がお互いをいかに大切に思っているかが、痛いほど伝わってくる。
やがてカオルゥは琉球大学に合格し、兄のもとをはなれて暮らし始める。そして事件がおきる。大切な人を心から大切に思っているなら、心の声が聞こえるのだと、この映画は私たちに語りかけてくる。そこまでの深い思いを、自分は持ったことがあっただろうかと、考えてしまった。
このあとの展開は、観てのお楽しみに残しておこう。
やがて島に戻り、砂浜にたたずむカオルゥに、おばぁが語りかける。ここは、この映画のもうひとつの名シーンだ。平良とみさんの存在感は、圧巻である。おばぁの口から、さりげなく戦争の思い出が語られる。沖縄を舞台に描くなら、ひとことはふれてほしいテーマである。おばぁの昔の恋人のエピソードとしてそれをとりあげたのは、とても自然で、良かった。
このシーンでは、海も空も、悲しい色をしている。透きとおった沖縄の色は、暖かい色でもあり、切ない色でもある。「涙そうそう」はそんな沖縄の歌であり、沖縄の映画である。
エンドロールでは、セピア色の「古いアルバム」がめくられていく。まだ映画を観ていない人は、最後の写真までしっかり見よう。暖かい愛につつまれた美しい一枚の写真で、エンドロールは終わる。
さらにそのあとに、おまけのシーン。これもなかなかに心憎い。