キヨスミウツボ群落の墓碑銘
キヨスミウツボの生活
神戸市押部谷町木見新池での保全のとりくみから
中西收・小林禧樹・黒崎史平 著
兵庫県植物誌研究会
ISBN:4990319702
この本が書かれた経緯が、あとがきに紹介されている。
我々が新池周辺でキヨスミウツボを発見したのは、1987年初夏であった。その3年後、神戸複合産業団地として開発されることを知ったのが、群落保全へのとりくみのはじまりだった。・・・1200名の署名を集め、神戸市と交渉を重ねることになった。神戸市からの「生育条件や移植方法などについて時間を掛けて調査し、結論を出したい。それまで数年間は着工しない」という旨の回答を受け、個体群動態やフェノロジーなどの調査が開始され、次第にキヨスミウツボの生き様が伺えてきた。
ここまでの記述の範囲では、全国各地で起きている事例の一つと思われるかもしれない。しかし、この物語は、それだけでは終わらない。
キヨスミウツボには、花に匂いがあるタイプと、匂いがないタイプがあることを、著者たちは発見した。しかも、無香型と有香型では、おしべとめしべの位置関係に微妙な違いがあった。その後の調査から、有香型は、トラマルハナバチなどによって送粉される他殖型、無香型はもっぱら自家受粉で種子をつける自殖型であることが判明した。さらに、著者たちの執念深い追跡は、有香型が2倍体であり、無香型が4倍体であることを明らかにした。
もう、ここまでくれば、繁殖生態学や種分化の研究成果として第一級である。日本のナチュラルヒストリーは、もはや本家のヨーロッパに決してひけをとらない水準にある。そのことを痛感させてくれる。
著者たちの追跡は、これだけに終わらない。キヨスミウツボの果実は、図鑑に記載されているようなさく果ではなく、液果だった。しかも、アカネズミがこの液果を食べ、種子はきちんと糞から出てくるそうだ。
キヨスミウツボは、寄生植物である。したがって、保全のためには、寄主を確かめる必要がある。著者たちは、根気のいる寄主においても、いかんなくその執念を発揮した。そして、無香型と有香型の寄主が異なることをつきとめた。
そして、失敗の連続の末に、ついに鉢植えで、無香型の寄主に種子から発芽した無香型を寄生させることに成功した。
すごい。すごすぎる。
記述は淡々としているが、その背景に著者たちの執念が宿っている。たくさんのカラー写真が、この奇妙な植物のユニークな生態を見事に描き出している。これだけ面白い内容で、しかもこれだけカラー写真を満載して、2000円は、安い。
入手するには、兵庫県植物誌研究会代表の小林禧樹さんに連絡をとる以外ない。連絡先の掲示は、個人情報なので、ひかえる。
新池の自生地はしかし、2001年に、工事により消失した。著者たちは、工事着工前に、10年間にわたって地面にはいつくばって追跡してきた株をつぎつぎに掘り起こした。寄主との関係や、地中での様子を、文字通り手にとって見た。本書には、その記録もおさめられている。
あとがきの最後の一文が切ない。
この本が新池のキヨスミウツボ群落の墓碑銘になることなく、キヨスミウツボはもとより、他の寄生植物の研究や絶滅に瀕している多くの生き物たちの保全へのステップとなることを願っています。