花色の進化に関する論文紹介の準備完了

来週月曜日のセミナーでは、論文紹介の当番である。生態研では、教官も論文紹介をする。そのためのレジメとスライドの準備に、まる3日を費やした。論文は、それよりも前から、かなり時間をかけて読んできた。日ごろから、大学院生の論文紹介に辛口のコメントをしているので、自分にも厳しくなければ、申し訳が立たない。
この間、論文を書く目的もあって、花の色素と匂いの分子的・遺伝的基礎に関する論文を片端から斜め読みした。その中から、総説1つと論文1つを選び、丁寧に紹介することにした。
できるだけわかりやすく紹介できるように、レジメ(A4で8ページ)と、パワーポイントスライド(18枚)を用意した。キンギョソウの種間での花色・模様の多様性は、カラー写真で紹介する。カラフルで、変化に富んでいて、美しい。

以下は、レジメのイントロダクション。

花色は、送粉動物に対する誘引シグナルであり、動物媒花の種間で著しい多様性が見られる。花色の違いは、(1)アントシアニン類(フラボノイド色素)、(2)カロテノイド色素、(3)表皮細胞の凹凸(構造色)によって生じる。このうち、アントシアニン合成の制御系が、最近の研究を通じて、基本的に解明された。その結果、種間で見られる花の多様な色素パターンのかなりの部分が、遺伝子レベルで解析可能になった。今後、花色に作用する淘汰圧や、その種分化への寄与、花色の進化的歴史、などのテーマについて、遺伝子と表現型を関連づけて解析する研究が大きく発展するだろう。また、同様のアプローチが、ごく近い将来、花の匂いについても可能になると予想される。そこで、アントシアニン合成の制御に関する最近の研究を紹介し、生態学へのインパクトについてコメントする。
まず、最新の総説であるRamsay & Glover (2006)を簡潔に紹介し、MYB, bHLH, WD40という3つの転写因子によるアントシアニン合成の制御の概要を説明する。
次に、Schwinn et al. (2006)をより詳しく紹介し、キンギョソウ属の種間で見られる花模様の著しい多様性が、アントシアニン合成を制御する調節遺伝子の変異によって説明できることを紹介する。


レジメの最後には、次のようなコメントを書いた。

調節遺伝子の変異は、構造遺伝子の機能を保存したまま、その発現場所・発現量を大きく変えるので、一般に、量的変異ではなく、質的な(不連続な)変異を生み出す。花色の進化的変化は、おそらくMYB調節遺伝子による場合が一般的だろう。また、花の匂いの研究からも、MYBの関与が確認されており、MYBの単一の変化で、複数の匂いが生産されるようになる。
適応進化では、まず調節遺伝子の変化が表現型を大きく変え、その後に構造遺伝子の変化が微調整をする、という2段階の変化が、ある程度一般的である可能性がある。さらに複雑なケースもあるだろうが、まずは変化のプロセスを2段階に単純化してモデル化してみることが、有効ではないか。
調節遺伝子の変化は、一般に、適応度に大きく影響する。したがって、多くの場合、調節遺伝子の変異は種間で見られ、同種内では1つの対立遺伝子に固定している。このことは、種内集団内に維持されている構造遺伝子の変異だけでは、自然淘汰に対する集団の反応を短期的にしか予測できないことを意味する。この場合、適応戦略の進化的変化に関する理解を深めるには、関与した調節遺伝子が過去にどのような変化を起こしたかを分子進化学的に調べるアプローチが有力である。
一方で、交雑を通じた調節遺伝子の浸透は、適応進化において重要なメカニズムかもしれない。
協調してはたらく表現型(たとえば送粉シンドローム)の進化の理解には、複数の調節系(たとえば色と匂い)の遺伝子間の相互関係(連鎖・多面発現・エピスタシスなど)の解明が欠かせない。このテーマに関する研究は、むこう5年くらいの間に、大きく展開するだろう。
キスゲ属の場合、アントシアニンを花弁で作らないキスゲ型(黄花)が優性である。既知のMYB制御系の場合、ヘテロ接合でも(アントシアニン合成を活性化する対立遺伝子が1つあれば)アントシアニンが作られる。キスゲではアントシアニン合成に関るMYB遺伝子の機能が欠損しているのではなく、別の機能(たとえば匂い生産)を制御しており、キスゲ型の対立遺伝子産物がアントシアニン合成系を抑制している可能性がある。もしこれが本当なら、非常に面白い。


最後の段落は、妄想に近いが、「キスゲ型(黄花)が優性」であることから、可能性はある。圃場では、F2の花が咲き出した。F2での色と匂いの分離の調査結果から、可能性はかなり絞り込まれるだろう。
早いもので、もう7月である。都内に借りているウィークリーマンションは、あと2週間で引き払う。7月中旬からは、九大の理学部圃場で実験をする。ハマカンゾウの集団中に、F1雑種が進入した状態を設定して、実験集団を使ってハマカンゾウとF1の送粉成功を比べる予定である。ポリネータの行動を画像記録する仕事と、柱頭についた花粉の遺伝子型を決める仕事に関しては、友人の全面的な協力が得られることになった。ありがたい。持つべきものは友である。
さて、Yさんから届いた論文の改訂作業に移ろう。