学振特別研究員は常勤研究職への近道

日本学術振興会プログラムオフィサー(正式には学術システム研究センター生物系科学専門調査班専門研究員:名簿はコチラ。このメンバーで科研費・学振特別研究員の審査員を選ぶ)をつとめているので、かねてから知りたかった特別研究員の「個体群動態」に関する資料が入手できる。
会議の配布資料とウェブサイトに公表されている資料から、将来の見通しを推測して、先日の会議で報告した。良くも悪くも、委員の「感覚」とかなりかけはなれた実態がある。
きちんとした数字の裏づけにもとづいて、政策決定をする必要があるのだが、現実には必ずしもそうなっていない。私で可能な範囲で、改善の努力をしたい。
いくつか、これまでに判明した重要なポイントを要約しておく。

1 学振特別研究員に採用された者は、就職率が抜群に良い。

平成15年度終了者(平成13年採用)の場合、PDでは43%が常勤研究者、19%が非常勤研究者、27%が他のポスドクの職を得ており、このいずれでもない人は、11%に過ぎない。
1年後(平成14年度終了者)、5年後(平成10年度終了者)、11年後(平成4年度終了者)については、51%, 75%, 87%が常勤研究職についている。
DCの場合(平成14年採用DC2と13年採用DC1)、33%が常勤研究者、10%が非常勤研究者、29%が他のポスドクの職を得ており、このいずれでもない人は、27%である。
1年後(平成14年度終了者)、5年後(平成10年度終了者)、11年後(平成4年度終了者)については、42%, 66%, 87%が常勤研究職についている。
研究者として将来性の高い人が学振特別研究員に採用されているということになる。また、助手などの人事の際に、学振特別研究員への採用歴がかなり重視されている結果と見ることもできるだろう。
PD,DCいずれの場合でも、11年後に12%の人が、「その他非研究職など」に分類されている。この数字を高いと見るか、低いと見るかは、判断が分かれるだろうが、私の経験に照らせば、やむを得ない諸事情で研究者の道から離れる人はある程度いる。ちなみに、会社の新卒採用者の離職率は36.5%である。単純な比較はできないが、特別研究員に採用されながら、研究者の道から離れる人が12%なら、政策としては成功していると言えるだろう。
委員はみな、そんなに就職率が良いはずがないという感想を漏らしていた。以上の数字は、採用者に対する比率であることに注意されたい。学振特別研究員に採用されなかった人にとって、より厳しい現実があることは、想像に難くない。

2 今後のPDは狭き門

かつて、PDの採用率は2割を超えていたが、この数字はいまや、1割に低下している。過去3年間についてみると、16%→12%→10%と激減している。これは、申請者が増えたためではなくて、政策的に減らしているのである(申請者はわずかながら減少傾向にある)。
平成18年度の一次内定率はさらにきびしく、8%である。
ポスドク1万人計画が「失敗」したことや、21世紀COEプログラムなど他の予算によるポスドク職が増えたことから、PDの採用率を政策的に減らしてきた結果、ついに採用率が1割を切るところまで来てしまった。これはいくらなんでも減らしすぎだと思う。しかし、減らしすぎであるという判断を下すためには、根拠がいる。もうすこし資料を集め、分析をして、将来予測をする必要がある。
将来に対する的確な予測なしで政策が決められている点では、ポスドク1万人計画の「失敗」が、反省されていないと思う。学振プログラムオフィサーという制度が設けられた今では、この点を行政だけの責任とするわけにはいかない。責任が重い。

3 DCは広き門へ、しかしその先は闇?

PDの採用率が減る一方で、DCの採用率は増えている。過去3年間の推移は以下のとおりである。
DC1:14%→18%→24%
DC2:12%→12%→17%
DC1とDC2のどちらかで採用される率:24%→28%→37%
とくにDC1は大きく伸びている。以前は、ごく一部の、特別に優秀な大学院生だけがもらえる枠だったが、いまでは申請者の4分の1が採択されている。申請しなければ損だが、申請者数は、2,368人→2,483人→2,414人、と推移しており、直近では減っている。
特別研究員の制度に日ごろから関心を持っている私ですら、このような事実を正確に認識していなかった。多くの教員・学生は、きっと知らないことだろう。
さて、このようにDCを増やす一方で、PDの採用を絞り込めば、DCを終了した時点でのポスドク採用率は減るはずだ。学振以外のポスドク職の数がどの程度増えているかについて、正確な資料を入手する必要があるが、直近ではかなり頭打ちになってきていると思う。
そこで、当面は、学振以外のポスドク職の数が変わらないと仮定し、常勤研究職・非常勤研究職のポスト発生数も変わらないと仮定して、H16採用DC1(437人)とH17採用DC2(835人)、計1272人がH18年度終了時点で迎える運命を予想してみた。その結果、常勤研究職・非常勤研究職のポストにも、ポスドクのポストにもつけない人の割合は、H15年度終了時の27%(153人)から68%(863人)に増えると予想される。
約7割の終了者が、路頭に迷うことになる。

※6月11日注記:swk's logさんから、ここでいう「路頭に迷う」の中には研究職以外に就職する人も含まれてますので,表現が強すぎます、というご指摘をいただいた。もっともである。一部の学振DC終了者は、積極的な選択をして、研究職以外に就職している。したがって、約7割の終了者全員が「路頭に迷う」わけではない。また、「約7割」が非常に大雑把な予想でしかないことも、承知している。「路頭に迷う」という表現は、予測なしに入り口を広げて出口を絞り込んでいる政策に対する私の疑問と、そしてその事実を知った私の責任感をあらわしているのだとご理解いただきたい。

この予想は、来年のいまごろには検証できる。政策の修正について判断するのはそれからにならざるを得ない。
当面は、常勤研究職・非常勤研究職のポスト数や、学振以外のポスドクのポスト数の推移について資料を集め、予想の精度を高める作業をしよう。
それにしても、どうしてこの程度の計算を誰もやってみようとしなかったのだろう。
政策決定に関与した行政官や科学者の中に、人口統計や個体群動態の分析に対する初歩的な知識のある人がいれば、事情は違ったのではないかと思う。
個体群動態を含む、生態学のトレーニングを、今日の科学教育の中にきちんと位置づける必要がある。