知識のフロー・ストック・オリジナリティ

「生物学専門書の危機」と題して書いたところ、いろいろな方からコメントやトラックバックをいただいた。それぞれ、考えさせられるものがあった。まずはお礼をもうしあげたい。
Dr. Jasonさんの次のご意見は、私が気にかけていたポイントをずばりと指摘されたものだった。

「自分の研究テーマに直接関係のある論文を読むのに忙しくて」というのは,フローをおいかけているという意味でもある.そのような,フローの知識は,2-3年で陳腐化してしまう.

今日では、研究者に限らず、多くの職業において、フローとしての新しい知識を得が日常的に必要とされている。しかし、それだけでは創造的な仕事はできない。創造的な仕事を要求される職業(今や多くの職業がそうである)では、知識のストックが重要である。しかも、その人ならではのストックを持つことが大切だと思う。
知識のストックがオリジナルなものであるためには、何らかの体系性が要求される。いろいろなことを知っているというだけでは、なかなかオリジナリティは生まれない。その人ならではの「体系」があることが重要なのである。
一体どうすれば、その人ならではの知識の体系を築き上げることができるだろうか。
研究者としての経験から言えば、一見あい反する2つの努力が必要だと思う。
一つは、疑問を持つ能力を伸ばすことである。言い換えれば、問題設定能力を磨くことである。この能力は、知識を増やしたからといって伸びるものではない。知識を増やすことで既成の発想に染まってしまえば、疑問を持つ能力はむしろ衰えるかもしれない。
一方で、疑問を解決する能力を伸ばすことが必要である。言い換えれば、問題解決能力を鍛える必要がある。このためには、知識をストックする努力が欠かせない。たとえば、数学の知識がなければ、統計的な解析や数理モデルによって問題を解決することはできないし、化学の知識がなければ、化学実験によって問題を解決することはできない。
では、どうすればこの矛盾するかに見える2つの課題を達成できるだろうか。
私は「花の性」を書いたとき、この課題をかなり強く意識した。単に研究の臨場感を伝えるだけでなく、疑問を持つことの大切さを伝えながら、必要とされる知識を学べる本にしたいと考えた。この方針は、種生物学会の単行本シリーズにも受け継がれていると思う。
これらに比べれば、鷲谷さんと書いた「保全生態学入門」は、より教科書的な本である。ただし、通常の教科書よりもはるかに強く、著者の一貫した主張を書き込んだ。したがって、決して公平な本ではない。
いろいろな知識が書かれているが、主張のない教科書からは、批判性や創造性を学ぶことはむつかしい。
オリジナルな知識のストックを築き上げようと思えば、自分の視点で知識を吸収できるようになる必要がある。「自分の視点」を持つためには、「自分の視点」がしっかりと書き込まれた本をたくさん読み、それらとは違う視点を探す旅を続ける以外ないと思う。
この旅の過程では、いろいろな主張を持つ人と議論をすることも大切だが、体系的な議論ができるようになるためには、やはり本と取り組む必要があると思う。
私が、「本」に格段の思い入れを持っているのは、このような理由からである。