自然再生ハンドブックとドラッカーのマネジメント

yahara2011-01-23

『自然再生ハンドブック』がついに出版された。奥付は昨年のクリスマスイヴ。私にはまたとないクリスマスプレゼントになった。もっと早く紹介記事を書きたかったのだが、年末・年始から今日まで、その時間がとれなかった。
今日は、「自然再生事業指針策定に向けての熱い一夜」からちょうどまる6年後にあたる。この合宿を経て策定した指針原案を、3月の日本生態学会大阪大会での公開討論にかけた。そのときに、どのような意見が出されたかについては、私のウェブサイトに記録を残している。公開討論での意見を取り入れて最終的に完成した「自然再生事業指針」を保全生態学研究に発表した。
あれから6年。ついに完成した『自然再生ハンドブック』には、全国で自然再生事業に関わってきた多くの方々の経験と知恵が集約されている。

自然再生ハンドブック
日本生態学会(編)
矢原徹一。松田裕之・竹門康弘・西廣淳(監修)
地人書館 4000円 ISBN:9784805208274

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第1章 自然再生事業とは
 1.1 なぜ自然再生事業が必要か?
 1.2 自然再生事業に関する制度・事業の動向と課題
第2章「自然再生事業指針」の解説
 各指針のチェックポイント、解説、事例紹介
第3章 自然再生事業の実例
 3.1 釧路湿原の自然再生事業
 3.2 釧路川の再蛇行化計画
 3.3 霞ヶ浦における湖岸植生の保全・再生の取り組み
 3.4 宍道湖・中海の自然再生事業の現状と課題
 3.5 八幡湿原自然再生事業
 3.6 大台ケ原自然再生事業
 3.7 高丸山千年の森づくり事業での住民参加による自然林再生
 3.8 小笠原自然再生計画
 3.9 東京湾三番瀬自然再生計画
 3.10 石西礁湖自然再生事業
 3.11 アザメの瀬自然再生事業
 3.12 生きものブランド”源五郎米”再生事業
 3.13 安室川自然再生事業
 3.14 小清水原生花園における原生花園再生事業
 3.15 阿蘇草原の維持・再生の取り組み
 3.16 深泥池の自然再生の現状と課題
資料 自然再生事業指針

1.1節「なぜ自然再生事業が必要か?」では、「自然に対する4つの責任」(人間が持ち込んだ種を取り除く責任、人間が減らした種を回復させる責任、人間がつくったものを壊す責任、生態系構成要素としての人間の責任)というアイデアを提起した。この課題については、倫理学の問題として、もっと深める必要があると考えている。ひとつの試論として、ぜひ多くの方にご検討いただきたい。
1.2節「自然再生事業に関する制度・事業の動向と課題」は、環境省審議官の渡辺綱男さんに御寄稿いただいた。「今から50年ほど前には、私が幼少時代を過ごした東京・世田谷にも樹林や原っぱ、水辺が身近にたくさんあり、生命のにぎわいにあふれていました」という書き出しで始まる渡辺さんの節では、自然再生推進法がどんな時代のなかで、どんな経緯を経て制定されたか、どんな特徴を持ち、どのよう実施されているかが、解説されている。自然再生推進法制定をめぐる行政に携わってきた渡辺さんの思いがこめられた解説である。
第2章は、「自然再生事業指針」はチェックポイントが具体的に示されていないので、現場では使いにくい、という声に応えるために、チェックポイントを明記し、さらに解説と実例を加えた。「群集に注目した目標設定」の実例として、「全種保全」を目標に掲げた九州大学生物多様性保全事業の成果についても紹介した。
第3章は、上記の目次のとおり、全国各地のさまざまな事業の実例集である。各事業の背景、必要性、目標、実施状況、課題が整理されている。この構成は、事業の必要性を吟味する、目標を明確にする、などの「自然再生事業指針」の考え方にもとづいている。
自然再生事業に関わっている方々のみならず、自然と人間の関係について関心を持つ方々には、ぜひご一読をお勧めしたい。
なお、先日の海外出張時に、空港でドラッカー著「マネジメント 基本と原則」を買って機内で読んだところ、「自然再生事業指針」に書きこんだ内容と重なることが書かれていて、興味深かった。
たとえば「27節 意思決定」でドラッカーは、日本的意思決定の長所を評価し、そのエッセンスを以下の5つにまとめている。④をのぞけば、「自然再生事業指針」と共通するポイントである。

  • ①答えではなく問題を明らかにすることに重点を置く。
  • ②あらゆる見方とアプローチを検討の対象にする。
  • ③当然の解決策よりも複数の解決策を問題にする。
  • ④いかなる地位の誰が決定すべきかを問題にする。
  • ⑤意思決定のプロセスのなかに実施の方策を組み込む。

このように、ドラッカーの本には、組織のマネージメントに関するさまざまな知恵が書かれているが、順応管理を行う、不確定性に備える、計画を仮説として検証する、などの「自然再生事業指針」で書いた考え方は、十分には記述され、体系化されていない。『自然再生ハンドブック』は、組織のマネージメントに関わる人にも、きっと参考になるだろう。