アジアの中の日本

ノートPCが修理からまだ戻ってこないので、ブログをすっかりご無沙汰してしまった。研究室で書く以外にないが、研究室にいるときは、仕事に追われていて、書く時間がなかなかとれないのだ。今日は、昼休みを利用して書いてみる。
昨夜は、NHKの討論番組「日本の、これから」第2部と第3部を見た。“予定調和なし”を方針とし、『市民が主役の討論番組』と銘打った番組で、とてもよい企画だと思う。
昨夜(第3回目)のテーマは、「戦後60年 じっくり話そう アジアの中の日本」。スタジオには、市民約50人(日本人と、アジア系外国人がほぼ半々)と、谷村新司桜井よしこ寺島実郎町村信孝外相ら、さまざまな意見・立場の「有識者」が招かれ、三宅民夫キャスターの司会で、4時間あまりにわたって討論が繰り広げられた。「有識者」を特別扱いせず、参加した市民が主役であるという方針で討論を運営するやり方は、とても良かった。
靖国神社問題、教科書問題を含む、多岐にわたる問題が議論されたので、その内容を要約することはとてもできない。「日本の、これから」のウェブサイトの放送記録をもっと充実させて、議論の要点を公開してほしいものだ。
私は、町村信孝外相の率直な発言にかなり好感を持った。
第一に、彼は、「韓国や中国が経済的に力をつけてきたのだから、いろいろな摩擦は当然ある。日米もきびしい摩擦を経験しながら、今日の友好関係を築いてきた。経済的にはEUに匹敵する相互依存関係が生まれており、将来的な友好関係は必ず築けると楽観している。今は、相互に主張をしあって、率直な意見交換ができる環境をつくる時期だ」という趣旨の発言をした。
市民の意見はどうしても、感情的対立を避けよう、お互いに分かり合おうという方向に向かいがちである。もちろん、このような姿勢は大切である。私自身、争うことは嫌いであり、このような意見には大いに共感する。
しかし、現在の日韓・日中関係の背景には、韓国や中国が経済的に力をつけ、日本と対抗する位置まで来たという事情がある。靖国問題にせよ、教科書問題にせよ、外交カードとして使われているという面がある。小泉首相靖国参拝も、私には韓国や中国に対する外交上のメッセージのように思える。
日本政府としては、現時点での韓国や中国との自由貿易は不利であり、一方で日本経済の再建が急務なので、日韓・日中関係の改善を急ぐ必要はない、むしろ日本側が容易には譲歩しない国だというメッセージを送るほうが得策という判断をしているのだろう。上記のような町村発言は、日本政府のこのような方針をかなり率直に述べたものと思う。
私は、関係改善自体をいたずらに急ぐ必要はないが、日韓中の将来的な経済協力について、明確なメッセージを送ることは大切だと思う。たとえば、EUのような通貨統一を、共通の目標として提起してはどうだろうか。
第二に、彼は、日本の近代史に関する教育がほとんどなされていない現実について、「近代史の教育は、教える側の思想性が問われる。日本では戦後は日教組の力が強かったので、近代史を教えれば、マルクス・レーニン主義の思想での教育がされる傾向があり、これに対する警戒から、近代史は教えないという暗黙の了解があった」と率直に、過去形で語った。オーストラリアで高校生活を送ったという大学生が、「オーストラリアでは近代史を1年かけて学ぶが、事実だけでなく、いろいろな意見の違いがあることを学ぶ。事実はひとつでも、その解釈はひとつではないので、いろいろな見方があることを教える必要がある」という意見を述べたときには、深くうなずいていた。
第三に、彼は、東条英機A級戦犯の戦争責任をはっきりと認める発言をした。「民間企業でも、一社員とトップの責任は同じではない。東条英機ら指導者には、戦争を行なった責任は当然ある。日本は東京裁判を経て、ポツダム宣言を受け入れて、国際社会に復帰したのであり、その枠組みが日本の外交の前提にある」という趣旨の発言であり、論旨明快だった。しばしば、東京裁判自体の正当性を批判する議論があるが、サンフランシスコ講和条約東京裁判の結果を受けいれた以上、これをむしかえすことは、国際的に通用しない議論である。
この前提に立って検討を続ければ、靖国問題はいずれ解決を見るだろう。A級戦犯分祀か、別の国立追悼者施設を作るかは、与党・政府の中でどちらが合意しやすいかの問題だろう。
町村外相小泉首相ら、海外留学経験を持つ新しい世代の自民党指導者は、自分の意見を国内でも、海外に対しても、はっきり述べることに積極的である。これは、大きな変化である。
しかし、このような変化が、東京裁判自体の正当性まで批判するような人たちを元気づけている面もある。
資本主義対社会主義というイデオロギー対立の時代が終わり、さまざまな問題を冷静に議論できる時代が到来したことは実に喜ばしい。しかし日本社会にはまだ、右にせよ左にせよ、古いイデオロギーをひきづっている人たちが少なくない。そのため、随所に「ねじれ」がある。
昨夜の討論のように、さまざまな意見を出し合い、ねばりづよく合意形成をしていく社会を築いていくことが大切だと思う。
その点で、昨夜の番組で、日中・日韓関係に関して、「自分の主張をすべきである」「相手の立場を尊重すべきである」という二者択一の携帯生アンケートをとったのは、いただけなかった。「どちらも」という解があり得る問題について、「二者択一」を迫ることほど、合意形成を妨げるものはない。
紛争の残火がくすぶる大学で私が学んだ最大の教訓は、「二者択一」を避けることの重要性であった。多くの場合、最適解は極論の中間にあるのである。
昨夜の番組では、「問い方が悪い」という批判が出て、三宅キャスターが「どちらも」という回答を追加できませんかと技術スタッフに注文する一こまがあった。技術的な理由から、二択を三択にすることはできなかったが、「問い方が悪い」という批判が出たのは、とても良かった。
全体として、新しい時代の合意形成を先取りする企画として、とても良い番組だったと思う。「日本の、これから」の第4弾に期待しよう。