遺伝子組み換え作物開放系研究への道(続)

富山から東京に向かう車内で書いている。昨夜、うっかり消してしまった原稿のうち、シンポの紹介にあたる部分をもういちど書いておこう。
シンポの講演者は3人にしぼり、総合討論の時間を45分設けた。
私と芝池さんの共同講演(話をしたのは私)では、複雑にからみあった問題や、関係者が漠然と考えている論点を整理して、議論の見通しをよくすることを目標にした。
準備にあたって、パワーポイントスライドの構成から、表現の一字一句に至るまで、芝池さんと半日かけて相談した。芝池さんは、農業環境技術研究所の組み換え体チームで、さまざまな問題に直面されている方である。彼の知識・経験を聞きながら、芝池さんが納得できる分析・論理・提案を準備した。その内容については、ここで書くと長くなるので、別の機会に譲ろう。「生物科学」にまとめる前に、私のウェブサイトにパワーポイントスライドをアップロードすることを考えている。
講演の最後に、行動指針として、次の3点をあげた。

  • 科学的命題と価値的命題を区別し、科学的に正しいから良いという主張を避ける。
  • さまざまなリスクを定量的に評価する重要性について、科学者・生産者・消費者の合意形成につとめる。
  • 食糧自給率を高め、日本の農業を守ることが、食の安全確保だけでなく、環境保全上も重要であることについて、理解をひろげる。

このような方向性について、まず関連学会が協力して、指針となる文書を作成するのが良いと思う。その文書作成の過程で、パブリックコメントを受付けて、市民との対話を進めていく必要がある。このような手続きを踏んで自然再生事業指針を作成した日本生態学会の経験を紹介した。
嶋田さんには、拡散近似と格子モデルを使って、導入遺伝子が交雑を通じて野生種の集団に拡散していくリスクの評価法について話していただいた。遺伝子組み換え植物に関係する多くの方々が、このような研究の必要性を痛感されているはずである。しかし現実には、このニーズに応える研究はほとんど行われていない。この空白を埋める研究として、インパクトのある講演だったと思う。
田部井さんには、遺伝子組み換え作物の利用をめぐる国内外の現状をレビューしていただいた後で、生産者・消費者と実際に関わった経験にもとづいて、遺伝子組み換え作物の社会的受容を進めるための努力のあり方について話していただいた。
印象的だったのは、のぼりや横断幕を掲げた強固な反対派がGM作物見本栽培の畑におしかけた様子の写真である。これでは、現場は大変だ。「このような反対はあったものの、見本栽培の作物が育ち・・・」と、除草剤散布で雑草が枯れた畑の写真を紹介されたときには、ほっとされた参加者が多かったのではないかと思う。
このような「修羅場」では、反対派に対峙するのではなく、マスコミを含む他の参加者に対して、感情的にならずに、丁寧に説明することが大事だと思う。田部井さんは討論の中で、マスコミに事前に趣旨をよく説明し、事後の取材にも丁寧に対応された経験を紹介された。その結果、新聞の報道はかなり客観的なものとなり、反対運動については「一部に反対をとなえるものもいた」というような書き方になったそうだ。
講演はよく整理されていて、「修羅場」の紹介でも抑制のきいた冷静な話をされた。市民を相手に話をする経験を、かなりの回数で積み重ねてこられたものと思う。それだけに、サイエンスコミニュケーションが重要だという指摘には、強い説得力があった。