花の進化発生学と繁殖生態学の接点

大会4日目の午前中は、植物のアポミクシス(無配生殖)のトップバッターのSavidanの話を少し聞いてみたが、得るところがないので、Causes and consequences of floral development changes(花の発生的変化の原因と帰結)に移動。このシンポの冒頭では、Yale 大学のVF Irishが、「被子植物のMADSボックス遺伝子の比較ゲノミクス」と題して話した。途中から聞いてもよくわかるレビューだった。
2人目のNB Langlade(英国John Innes Centre)は、キンギョソウ属の種間で見られる花の形態的違いが、どのような遺伝的背景を持つかについて講演した。Antirrhinum charideniは小型の白い花をつけ、A. majusは大型で赤い花をつける。この2種を交配し、200個体のF2を育てて、QTLマッピングに使った。
2種の間には、花弁の形にも違いがある。注目したのは、この花弁の形の差である。平たく、比較的単純な形の、背中側の花弁を使い、画像解析ソフトで輪郭の座標を数値化した(基準点を決めたうえで、全部で10程度の輪郭上の点を座標上の数値として記録するという単純な方法を使った)。これらの数値を主成分分析にかけ、主成分1〜3に関係しているQTLを探した。結果として、AINTEGUMENTAという遺伝子が、花弁の形に関与していることがわかった。
「輪郭」の形態を数値化する手法にはもっと洗練された方法があるが、単純な方法で効率良くshape factorを抽出することに成功しており、この点は参考になった。Langladeは、葉の形についても同じ方法で定量化し、葉形にかかわるQTLをマッピングした成果を最近発表したそうだ(PNASの7月号)。
AINTEGUMENTAがどの程度一般的に、花の形の変化に関わっているのかは不明。一般的ならとても面白い「役者」だ。キンギョソウでは、ゲノム解析のインフラが整備されているので、QTLマッピングが遺伝子の特定に直結する。この点は、ノンモデルではかなわない。
3人目は、ピッツバーグ大学のSusan Kalisz。このシンポのオルガナイザーの一人であり、繁殖生態学から花のEvoDevo研究に入った経歴の持ち主なので、講演に期待していたのだが、「道なお遠し」という感じ。彼女が研究しているCollinsia属では、小型の自殖的な花(おしべとめしべがほぼ同時期に熟す)が祖先的であり、複数の系統で大型の他殖的な花(雄性先熟性が強い)が進化している。受精時期のdevelopmental flexibilityが高いので、小型の花から大型の花への進化が可能になったと主張したが、納得がいかない。Developmental flexibilityって、何なのだろう。
Collinsia vernaを材料にして、キンギョソウで花の左右相称性を決めている遺伝子CYCLOIDEAのホモログ(CvCYC)をとり、RT PCRで花の発達段階における発現を調べて種間比較を行った。その結果、種差が確認されたことから、この遺伝子が、雄性先熟性の程度の進化に関わっている可能性があると考えているようだ。
私は、他殖・自殖の分化と相関した花サイズや雌雄異熟・同熟性に関する遺伝的背景を調べるには、candidate gene 解析は時期尚早であり、QTLマッピングという王道を進むべきだと思う。そのほうが、時間がかかっても、確実に目標にたどりつけるだろう。
4人目のPamela K Diggle(コロラド大学)も、オルガナイザーの一人で、繁殖生態学出身者である。彼女はナス科のandoromonoecyを研究している。ナス科では、両性花にくわえて雄花をつけるandoromonoecyが広く見られる。彼女は、andoromonoecyは、資源利用度の発生的変化に対応したシステムであるという考えにもとづいて、花序の位置、および花序内の花の位置に応じて、両性花と雄花がどのように配置されるかを種間で比較した。両性花のみの種でも、花序の先端では資源利用度が低下するので、結果率が低下し、機能的には雄花となることが多い。Andoromonoecyは、このような可塑性の高いシステムから、雄花の発生的決定を早め、可塑性を低下させることで、進化したと主張。この仮説を検証するために、対照区に比べ初期の果実生産を増した実験を行い、弱いandoromonoecyの種では雄花比が増加するが、強いandoromonoecyの種では雄花比が変わらないことを示した。結論として、花の形態と機能には、花序のarchitectual effectsが重要であると指摘した。この指摘を裏付ける根拠として、シロイヌナズナにおける、花の発生に関わるMADSボックス遺伝子の表現型への効果は、花序内の位置によって異なることをあげた。
明快な発表だった。ただし、どのような選択圧がandoromonoecyを有利にしたかという点についての言及がなかった点は、やや不満だった。資源利用度の変化は、一般的な現象なので、可塑性を低下させるandoromonoecyへの進化が起きるには、可塑性の低下というコストをうわまわる利益が必要だ。おそらく、ポリネータへの適応が関係しているものと思う。
5人目のJ Stuurman(スイス・ベルン大学)は、ハナバチ媒花と蛾媒花のペチュニアを使って研究している。彼のグループの論文が出たときには、仰天した。彼らの「ペチュニア・プロジェクト」は、私たちが進めている「キスゲ・プロジェクト」と、共通点が多い。しかも、ペチュニアはいまやモデル植物の一つといってよい。遺伝的解析では、かなわない。今日は、この強力なライバルによる最新の研究成果が聞ける、またとないチャンスである。
蛾媒のPetunia axillarisは、匂いのある白い花をつけ、長い花筒に多めの蜜がある。ハナバチ媒のP. inflataは、匂いのない赤い花をつけ、花筒が短く、蜜が少ない。これらの種差は、キスゲ・ハマカンゾウの間の種差とほぼ共通である。これらの種差を、QTLマッピングで調べようとしている点も、私たちのプロジェクトと同じ。
今日の講演では、AN2という転写因子が、花色の違いにかかわっていることが紹介された。AN2はアントシアン合成に特異的な転写因子であり、花弁のみではたらき、種間で多型がある。作用点は、フェニルアラニンからアントシアニンが合成される一連の経路のほぼ最後にある。白花のP. axillarisにP. inflataのAN2を組み込むと、花がピンク色になる。この組換え体を使って実験してみると、野生型に比べ、スズメガの訪花が減り、マルハナバチの訪花が増えた。AN2の遺伝的変化のみで、ポリネータの訪花パターンが変化することが実証された。P. axillarisのAN2を調べてみると、multiple AN2 inactivationsが見つかった。この遺伝的変化が、花色を変化させ、ポリネータの組成を大きく変えたと考えられる。
このようなライバルが出現するとは予想していなかったが、ある程度はライバルがいたほうが、全体として研究は早く進むし、こちらの研究を注目してもらえるメリットもある。
キスゲ・プロジェクト」に関しては、花の開花時間の分化(昼咲きvs夜咲き)が重要なポイントである。この点は、ペチュニアの系や、もうひとつのライバルである、タバコ属の蛾媒花種とその姉妹種の系では、問題にされていない。キスゲ・ハマカンゾウは花の寿命が半日という性質があり、開花時間の分化が、隔離に直結するというユニークな特徴がある。
キスゲ・プロジェクト」はまた、F2集団を使った野外実験により、花形質に作用する淘汰圧を測定することを目標にしている。これからの種分化研究には、このような野外における実験的アプローチが欠かせない。ペチュニアの原産地のブラジル・パラグアイで野外研究を展開するのは容易ではない。「キスゲ」には地の利がある。
このシンポジウムを企画したKaliszとDiggleのねらいは良かったと思う。しかし、幸か不幸か、分子生物学的研究と繁殖生態学的研究の連携は、まだ始まったばかりである。さまざまな技術が駆使できる時代になったし、実験系の開発も進んできた。今後の研究の鍵を握るのは、環境と遺伝子をつなぐ作業だ。より具体的には、(1)環境(たとえばポリネータ)がもらたす淘汰圧の性質に関する予測を検証すること、(2)種形成に関わった遺伝子を特定し、遺伝子ネットワークの制約(連鎖やエピスタシスなど)とその変化を解明すること、そして、(3)淘汰圧の相関と遺伝的相関を区別したうえで、自然淘汰と突然変異がどのように種形成を進めるかについて、新しいモデルを作ること、だと思う。
繁殖・送粉システムの変化をともなった種形成の研究は、6年後には、大会のハイライトの一つになっていることだろう。