ブリューゲルの冬

国際植物科学会議は、昨日の午前中で全日程を終えた。午後は、市内観光に出かけた。がらくた市を見たあと、ウィーン美術史博物館で夕方まで時間を過ごした。
ブリューゲルのWinterは、ぜひ見たい絵の一つだった。西欧の照明史を解説した本の冒頭に、この絵のことが書かれていたのが、鮮明に記憶に残っている。この本の著者によれば、Winterは、夕暮れ時の絵なのだという。雪を描いた白が、画面に広がっているので、この本を読むまでこの絵について暗いという印象を持ったことはなかった。その絵を、実は夕暮れ時の暗い絵なのだと指摘することで、「暗さ」というテーマに読者をうまく引き込んでいた。
実物を見ると、確かに空はどんよりと暗い。凍った水面の色も、同じ色調で描かれている。暗い空を映しているのだろう。狩人たちが家路を急いでおり、そのそばでは、夕食の支度のための火が描かれていることから、夕暮れ時の光景であることがわかる。
友人からイアフォーンを借りて、入館者用の解説を聞いて見たところ、描かれた空を「blue sky」と表現していた。日本人から見ると、とても「blue sky」には見えないが、曇天の多いヨーロッパに住む人たちの感覚では、これを「blue sky」と呼ぶことに違和感はないのだろう。
ブリューゲルの絵は、群衆の動きを独特の画風で描いていることで有名だが、Winterの実物を間近で見ると、落葉した木々の枝を細かく丁寧に描いていることが印象的だった。人物の描き方が、ややデフォルメされているのとは対照的だ。
展示室にはソファーが置かれている。ソファーに腰掛けて、ゆったりと鑑賞できる。天井は高く、建物や内装自体が、第一級の美術品である。日本の美術館とは雲泥の差がある。
フェルメールの「画家のアトリエ」も間近で見ることができた。確か一昨年、上野の美術館の特別展で見た。そのときは、人だかりの間から、距離を置いてながめることしかできなかったので、小さな絵という印象を持った。近くで見ると、上野で見た印象より、ずっと大きな絵である。クリオに扮した少女の満ち足りた表情は、近くで見るほうがはるかに美しい。観客も、日本の特別展のときよりはるかに少なかったので、見る角度を変えたり、見る距離を変えたりしながら、ゆっくりと見ることができた。
このような絵を、歴史的な建物の中で、日常的に見ることができるのは、うらやましい限りである。
美術史博物館のとなりには、自然史博物館が建っている。どちらも、美しい建物だ。このような環境で暮らしていれば、文化や科学に対する要求水準の高い国民性が、自然に育つのだろう。ケンブリッジを訪問したときと同様に、歴史の差を感じた。
あと1時間で、成田に向けて発つ。