研究を大きく進歩させる要因

倍数体研究と植物群集研究という2つの対照的なシンポジウムに参加した経験をもとに、研究を大きく進歩させる要因について考えてみよう。2つのシンポジウムがとりあげたのはいずれも、過去6年間(前回の植物科学国際会議以来)に大きく研究が進んだテーマである。
倍数体研究は、人工的に作りだした倍数体における遺伝子発現を調べるという方法論が使えるようになったことで、大きく進展した。ゲノム研究の進歩にともなって、翻訳産物レベル(いわゆるトランスクリプトームレベル)でのさまざまな研究技術(cDNA AFLP・methylation sensitive AFLP・microarray assayなど)が整備されたことが、このような研究を可能にした。
転換点となったのは、Arabidopsis suecicaという異質倍数体起源の種を使ったChen & al (1998)の研究だと思う。Arabidopsis suesicaはモデル生物のシロイヌナズナと、かつては別属にされていた近縁種Arabidopsis arenosaの雑種が倍数化して起源した種である。Chenらはこの異質倍数体で一方の親から伝えられたrDNAの遺伝子が不活性化される現象を、両親となった種を交配し、コルヒチン処理で倍数化して作った、人工的な「Arabidopsis suecica」を使って研究した。この論文が発表された時点で、遺伝子発現パターンが変化するかどうかを調べるという研究がすぐに展開されるのは、容易に予測できた。実際にこのような研究が行われ、そして人工的に作られたArabidopsis suecicaで、遺伝子発現が変わることが確認された(Comai & al 2000にはじまる一連の研究)。
こうなると、コムギ・ワタ・タバコなどの倍数体で研究していたグループが、同じ方法論で研究を展開するのは必然である。さらに、外来種と自生種の交雑に起源した異質倍数体(いわば人間が最近になって新しく進化させた種)について、この方法論を適用してみようという研究計画が、3つのグループで実行に移されたのも、意外ではない。
倍数体研究は、新しい研究技術・方法論が、研究の進歩を大きく促進した良い例である。
一方の植物群集研究は、中立理論(neutral theory)という、これまでのニッチ理論とは対極にある考え方が、HubbellやBellによって体系づけられたことで、大きく研究が進んだ。新しい理論が、研究の進歩を大きく促進した良い例である。しかしこの分野では、方法論の開発が遅れている。Lechowiczによる、距離の効果と環境の効果を分離する統計的方法の開発は、一つの大きな進歩ではあるが、同じ方法論をみんなが使って一般性を確認するという状況にはなっていない。
Lechowiczは、中立理論の旗手の一人であるGraham Bellと同じ大学・部局に所属していることもあって、中立理論の検証に正面から取り組んでいる。しかし、他の多くの植物群集研究者は、植物群集の多様性を研究するうえでの、多くの仮説の一つとして、中立理論をとられていると思う。結局、彼ら・彼女らには、自分の好みの仮説(天敵・競争・mass effectなどなど)があり、それに有利な結論を導きがちだと思う。
中立理論の旗手の一人であるGraham Bellは、ニッチ理論にもとづくモデルはパラメータが多すぎて、検証が困難である批判している。彼は、実際の野外でのプロセスが中立的だと主張しているのではなく、帰無仮説としての中立モデルの予測を棄却する方法論を鍛えなければ、群集研究に大きな進歩は望めないと主張しているのである。この主張は正しいと思う。
今後の植物群集研究においては、中立モデルの予測を棄却するための新しい方法論の開発が決定的に重要だろう。そして、共通の方法論を使って、さまざまな系で実証研究を積み重ねる必要がある。
一方の倍数体研究においては、理論とその予測が欠如している。今は、新しい方法論を使って、現象論的な研究をするだけで、新しい発見ができて、十分に面白い。そのため、みんな現象論に傾斜していて、仮説をたててその予測を検証するという研究があまり行われていない。遺伝子発現の変化を誘導するのが、倍数化そのものなのか、それとも交雑が関わるプロセスなのかという重要な問題についてすら、あまり深く追求されていない。自然淘汰の役割については、誰も気にかけていないようだ。今は選択実験まで手がまわらないのが実状なのだろう。
おそらくこの状況は、次の6年間でかなり変わるだろう。それぞれの分野が、これから6年間どう進展するか、楽しみである。