植物種の多様性を決めるのはニッチ分割か中立過程か?

昨日は、分子生物学的技術を駆使した倍数体研究の話を聞いたので、今日は野外調査や野外実験による群集研究のシンポに出た。シンポジウムのタイトルは「Integrating the dispersal-assembly and niche-assembly paradigms in plant community ecology(植物群集生態学における2つのパラダイム−分散による集合とニッチによる集合−の統合)」。
まず、ミシガン大学のDeborah E Goldbergが、趣旨説明を兼ねて、概論を話した。
植物種の多様性を説明する要因として、資源分割・天敵・storage効果・かく乱・mass効果などが考えられてきた。このような考えは、ニッチ理論に依拠しており、多様性の維持を説明するためには、何らかのトレードオフを仮定している。これに対して、最近、中立モデルが注目を集めている。中立モデルでは、種子分散の制限が種の多様性を維持する要因となる。ローカルな群集内の多様性(α多様性)については、種子分散の制限が重要かもしれない。しかし、群集間の多様性(β多様性)については、ニッチが重要だろう。
続いて、Vigdis Vandvik(Bergen Univ, Norway)が、ローカルな群集内の多様性に対する種子分散の効果を定量的に評価するにはどうすればよいかという話をした。彼女は、さほど通る声がでないのに、マイクをちゃんと使ってくれなかった。また、スライドの字が小さく、私が座った席からは、グラフの縦軸・横軸などが見えなかった。そのため、肝心の部分がよく理解できなかったが、およそ次のような話だった。
植被を除去した実験区にどのような種がコロナイズし、そのあとどの種が生き残るかを調べた。このような実験から、種子分散が制限されていることがわかった。明らかに、種子分散の制限が種の多様性を高めている。ただし、local speciesとnon-local speciesを比べると、後者のほうが、コロナイズしたあと消失する率が高かった。この傾向は、ランダムな消失を仮定して求めた期待値から有意にずれていた。種子サイズが小さいものほどコロナイズの成功率が高いという傾向はなかったので、このずれを競争力と分散力のトレードオフで説明するのは困難。ずれは、mass effectによって生じたのだろう。
続いて、ノルウェー農業大学のKari Klanderudが、高山帯のチョウノスケソウ群落で、数種〜最大27種の植物の種子を導入した実験結果を報告した。導入する種数に比例して、実験翌年の種数も増えた。一方、群落の被度が高いほど、実験翌年の種数の増加は少なかった。これらの結果から、競争の効果が重要だと結論した。土壌など、他の要因の効果も調べていて、重回帰を使って分析した結果である。
次に、Helene C Muller-Landauが熱帯雨林における種子分散の制限について講演。種子の落下(seed rain)は、dispersal limitation, seed limitation, competition-colonization trade-offs という3つに影響する。前2者はdispersal-assemblyに、後者はniche-assemblyに関わる。(強い種の)seed limitationが大きいと、更新サイトに分散される種子の中で、強い種の割合が減り、弱い種が更新する機会が増えるので、多様性が高まる。このような効果は確かにある。一方で、種子重量が大きな種では種子生産数が少なく、また芽生えの定着率が高いという傾向があった。この傾向は、competition-colonization trade-offsを支持するが、competition-colonization trade-offsが多様性を維持するstablizing effectを持つには、競争に強い非対称性があることが必要条件である。このような条件も確認されたようだ。「ようだ」とあいまいに書いたのは、Heleneのスライドも、字が小さくて、肝心なところが確認できないことが多かったからだ。このセッションで話をした群集生態学者はみな、1枚のスライドに情報を詰め込みすぎである。結果として、字も小さくなる。
ちなみに、ここまでに話した4人は全員女性だった。この分野は、女性が活躍しているようだ。
5人目のWalter Carsonは、Tilmanのresource ratio理論に依拠し、草食動物がresource ratioのヒエラルキーを変える可能性を実験的に調べた結果を報告した。大規模な野外実験によって、草食動物を除去すると順位がたしかに入れ替わることを実証した。
6人目のMartin Lechowiczは、カナダ・マッギル大学のMont St. Hilaireの約1000ヘクタールのプロットで、シダ植物の種の分布パターンを解析した結果を報告した。この報告については、すでに論文で読んで知っていたので、私にはわかりやすかった。環境要因の違いと地理的距離が相関しないように調査地を選んだうえで、種子分散の制限(距離)の効果と、環境の違いの効果、および両者の相互作用が、種の分布パターンにどれだけ寄与しているかを定量的に調べた結果、環境の効果が大きいという結論を下した。すでに論文になっているこの結果に加えて、より小さなスケール(1ヘクタールスケール)での研究成果を報告。このくらい小さなスケールになると、距離と環境の間に強い相関があるので、厳密に両者を分離することは難しい。それを承知で、分散の分割をしてみると、距離と環境の相互作用の効果がもっとも大きく、次は距離の効果で、環境の効果はもっとも小さかった。
Goldbergが冒頭で話したように、小さな空間スケールでは種子分散の制限によるランダムな(中立的な)プロセスが重要で、大きな空間スケールでは、環境の違い(ニッチの違い)が重要になるという結論である。この研究結果は、Ecology誌に発表されるそうだ(Karst, Gilbert & Lechowicz, in press)。
空間スケールによって2つの仮説の相対的な重要性が変わるというのはおそらく本当だろうが、さて、これからどういう研究をすればより深い理解に到達できるのだろうか。あらためて、群集生態学の難しさを感じた。