倍数体研究:最近の進歩トップ10

シンポジウム「倍数体ゲノムの進化」のトップバッターをつとめたJF Wendelの話は、とてもわかりやすかった。6年前のセントルイス(前回の国際植物科学会議)での講演も聴いたが、当時はまだ、「群盲象をなでる」感があった。この6年間に、倍数体研究が大きく進展したことを印象づける、良い講演だった。
まず、テレビのTop10ニュースのキャスターの写真やヘッダーを効果的に使って、「さあ、Lessons of polyploidy Top 10を、カウントダウンで紹介しよう」と切り出した時点で、聴衆の関心をしっかりと惹きつけた。たくさんの話題をレビューする方法として、なかなかうまい構成である。
第10位:Polyploids ubiquitus, episodic, recurring, ongoing(倍数体はあまねく存在し、歴史上の出来事だが、繰り返し起きたし、今も起きている)
維管束植物の大雑把な系統樹上で、推定される倍数化のイベントに●をつけ、シロイヌナズナですらそのゲノムは倍数体の痕跡を残しており、おそらく3回の倍数化の歴史を経験している、と主張。また、倍数化がいまも起きている現象であることが、のちほどSpartina anglicaなどの研究例(Ainouche 2004)で紹介されると予告。
第9位:Multiple origins common(同じ種において倍数体が何回もあらわれるのが普通である)
第8位:Interaction between genomes; concerted evolution(倍数化したゲノム間で相互作用がある;協調進化など)
異質倍数体では、両親種のゲノムが同じように発現されるとは限らない。しばしば、一方のゲノムの遺伝子発現が抑制されることがある。
第7位:Intergenomic transfer, or colonization(ゲノム間の遺伝子の移動がある)
第6位:Genomic changes may be rapid, non-random(ゲノムの変化は急速で、何らかのパターンを示すことがある)
倍数化したゲノムからDNAが消失し、ゲノムのダウンサイジング(減量)が起きることがある。人工的に作られたタバコの倍数体では、反復配列が選択的に除去されることがわかった(Skalicka & al, 2005, New Phytologist 166, 291-303)。
第5位:Polyploidy induces elimination of duplicated genes(倍数性は重複した遺伝子の除去を誘導する)
人工的に作られたArabidopsis suecica(異質倍数体)では、片親の5S rRNA lociの1対が除去されていることがわかった(O Pontes, 2004, PNAS)。同様な証拠は、K. Kashkush et al. (2002, Genetics)B. Chalhoub のグループ(Chantret et al, 2005, Plant Cell)も発表している。
第4位:Chromosomal restructuring is a common outcomes(染色体の再構成は倍数化にともなってふつうに起きることである)
Skalicka & al (2005, New Phytologist 166, 291-303)やPontes (2004, PNAS 101, 16240-16245)が立証した。
第3位:Epigenetic alterations accompany polyploidy formation(倍数化はメチル化やトランスポゾンの活性化などのエピゲネティックな変化をともなう)
メチル化についてはシロイヌナズナ、Brassica、コムギ、Spartina anglica(Salmon & al, 2005, Molecular Ecology)で立証された。トランスポゾンの活性化については、ワタ、コムギ、シロイヌナズナMadlung et al 2005, Plant J 41: 221-230)で立証された。
第2位:Polyploidy leads to silencing(倍数化は遺伝子の不活性化をもたらす)
Arabidopsis (Chen et al, 2004, Biol J L Soc), Triticum(Levy et al, 2004, Biol J L Soc), Tragopogon (Soltis et al 2004, Biol J L Soc) であいついで立証された。Biol J L Soc には特集が組まれているのだろう。
第1位:Gene expression is massively altered in polyploids(倍数体では遺伝子発現が大規模に変更される)
最新のトッピックスであり、人工的に作られたSenecioの異質倍数体での遺伝子発現をcDNA microarraysで調べたAbbottグループの研究が、Molecular Ecologyの最新号で発表されたばかりである(Hegarty et al 2005, Mol Ecol 14, 2493-2510)。われわれ(Wendel)のグループでも、ワタの異質倍数体で遺伝子発現のバイアスが生じることを確かめている。これらの成果が、これからの講演で紹介される。
このような順番で、倍数体ゲノムの進化に関する最近の研究の成果を、実に要領よくまとめてくれた。以後の講演の紹介も兼ねており、実に見事な講演だったと思う。
倍数体の進化は、無性生殖の進化とも関わりがある(生殖を行う植物はほとんどが倍数体である)。また植物の種形成において倍数化はきわめて重要な役割をになっている。これらの点で、倍数化研究の展開には、大いに関心があるが、最近の論文を体系的に読んで、知識をアップデートする機会を持てないでいたので、Wendelの講演は、とても参考になった。
講演で紹介された主要な文献の要旨へのリンクを、このブログで設定しておいたので、あとでゆっくり勉強しよう。