「持続可能な社会を拓く決断科学大学院プログラム」が順調にスタート

博士課程教育リーディングプログラムは、「優秀な学生を俯瞰力と独創力を備え広く産学官にわたりグローバルに活躍するリーダーへと導くため、国内外の第一級の教員・学生を結集し、産・学・官の参画を得つつ、専門分野の枠を超えて博士課程前期・後期一貫した世界に通用する質の保証された学位プログラムを構築・展開する大学院教育の抜本的改革を支援し、最高学府に相応しい大学院の形成を推進する事業」です(公募要領より)。とくにオールラウンド型では、「人文・社会科学、生命科学、理学・工学の専門分野を統合した学位プログラムの構築」を求められています。無茶ですね。文部科学行政始まって以来の無茶ぶりと言っても言い過ぎではないように感じています。
しかし、すぐれた社会的リーダーが求められていることは確かです。このニーズに対して、今の大学院教育はほとんど応えられていない。専門分野を深く極めた人材の養成には成功していますが、専門分野の枠をこえてさまざまな社会的問題解決をリードしていく科学者の養成には成功していない(そもそもこのような人材養成をやろうとしていない)のが現実です。
したがって、博士課程教育リーディングプログラムの要請に応えて説得力と実効性のある学位プログラムを立案し、実施するという仕事は、とてもやりがいがある仕事ではあります(大変ですけど)。
昨年一年は、この課題に取り組むことに、かなりの時間とエネルギーを割きました。おかげさまで10月に私がコーディネートした提案「持続可能な社会を拓く決断科学大学院プログラム」が採択されました。
その採択から5カ月経ちました。この間に、31名の受講生を採用し、毎週のセミナーや屋久島合宿を実施し、決断科学センターを設立して30名の教員を採用し(15名がすでに着任、残る15名は4月1日着任)、支援室体制を確立し、決断科学センター開設記念シンポジウム(1月31日)および国際シンポジウム(3月6-7日)を開催し、3つの海外研修を準備し(バングラデシュ終了、カンボジア実施中、これからケニア)、決断科学プログラムのfacebookページを開設してその活動を紹介してきました。このfacebookページに10月に書いた記事を以下に転記します。5か月を経て、以下の方針は確実に現実のものとなりつつあります。先日開催した国際シンポジウムの総合討論で、「決断科学プログラムは実はものすごいことをやろうとしていることがわかった」というコメントがありましたが、私自身もそう考えています。4月からは30名の教員がそろい、新たに20名の学生を受け入れ(計51名になる予定)、プログラムをより本格的に展開します。楽しみです。

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私が大学院生だった場合に、これは面白そうだ、ぜひとろうと思えるプログラムを作ろうと思いました。
オールラウンド型のリーダーを育てるには、企業に進む人と研究者をめざす人を最初から分けるのではなく、多様な個性がぶつかりあう場を提供するのが良いと思います。どちらの道を歩むにせよ、これからの社会を牽引するリーダーは、ひとつの道を究めることと、幅広い視野を持ち社会に貢献する力をつけることを、両立させる必要があります。
私の場合、植物が好きで、植物の研究を「究める」ことに無常の喜びを見出すと同時に、絶滅危惧植物の保全など、社会的問題解決に、多くの時間を割いてきました。時には小学生を相手にどんぐりころころの歌を歌い、時には行政と住民の橋渡し役をつとめ、時には生協理事長として赤字企業の経営再建に汗をかいてきました。
そういう経験をもとに、学問を究める面白さと、社会に貢献する楽しさを両立させる方針で、決断科学大学院プログラムを立案しました。
これまでにさまざまな現場で社会的問題解決に関わった経験から、意思決定や合意形成を支援する科学の必要性を感じてきました。一方で、私自身の専門分野の進化学などの研究から、人間の行動や心理について多くのことがわかってきました。このような人間の行動や心理のついての科学的理解を基盤にして、意思決定や合意形成を支援する「決断科学」という新しい学問分野を構築すれば、社会的問題解決にも役立つし、オールラウンド型の科学を作ることにもなると考えました。
ただし、机の上の勉強だけでは、本物のリーダーを育てることはできません。現場経験を積むことで、決断力・実行力を養ってもらう必要があります。そこで、環境・災害・健康・統治・人間という5つのモジュールの下で問題解決型共同研究プロジェクトを進め、これらのプロジェクトの現場で大学院生と一緒に汗を流すことで、本物のリーダーを育てたいと考えました。
幸い、問題解決をめざすプロジェクトに精力的に取り組まれている先生方の協力を得て、私のアイデアがすぐに現実の計画となりました。これらのプロジェクトを、究極的な問題解決をめざすという意味で、プロジェクトZと名づけました。プロジェクトZでは、熱帯林の保全、東北での復興、途上国での疾病管理、縦割り行政の打破など、誰が考えても重要だと思うテーマをしっかり取り上げています。
幸い、私は環境・災害・健康・統治・人間という5つのテーマのすべてに関わりを持っています。私が役員をつとめてきた生物多様性国際研究プログラム(DIVERSITAS:本部はパリ)では、これらすべての問題を取り扱ってきました。いま、DIVERSITASを含む4つの地球環境プログラムが一緒になって、Future Earthという大きな国際プログラムを推進しようとしています。このプログラムは、地球が直面するあらゆる社会的問題の解決に貢献する統域科学(trans-disciplinary science:超学際科学とも訳される)の構築をめざしています。このようなプログラムでの私の国際的活動を日常的に学生に伝え、議論することで、グローバルな視野を持ったリーダーを育てることができると考えています。
このように、決断科学大学院プログラムには、私個人のビジョンが強く反映されています。その意味で、「建学の精神」が明確です。ただし、独善ではありません。これまで九大の中で一緒に汗をかいてきた、工学研究院の島谷先生、法学研究院の出水先生、熱帯農学研究センターの百村先生に加え、心理学がご専門の山口先生、医学がご専門の中島先生に、私のビジョンにご賛同いただき、モジュールリーダーとして申請にご協力いただくことができました。どなたも、学問を究めることと社会貢献を両立させてこられた素晴らしい先生方です。このほかにも、多くの先生方から私のビジョン・計画にご支援をいただき、このプログラムをスタートさせることができました。
「学問を究める面白さと、社会に貢献する楽しさを両立させる」ーこの方針に沿って、オールラウンド型の新しい科学である決断科学を作り上げ、理論と現場の両方で鍛えられたリーダーを育てたいと考えています。