形態へのこだわりが大隅さんのオートファジー研究の真髄

朝日賞受賞のときの記事で、「突然変異体を単離する研究で、形態へのこだわりをもたれていたことが印象的だった。機能変異をおこした突然変異体をスクリーニングすることに比べ、形態にこだわる研究では、顕微鏡をのぞいてこつこつと突然変異体を探す必要がある。明らかに効率の悪い方法だが、そのこだわりがオートファジーの発見につながったのではないかと思う。」と書いた。この記事を書いたときは、この想像を確かめる機会がなかったが、今回は受賞式の帰りに少し調べてみた。参考にしたのは、Autophagy: from phenomenology to molecular understanding in less than a decade(オートファジー現象学から分子的理解への10年足らずのあゆみ)と題する、Nature Reviewに2007年に発表された総説(pdf)。「10年前、オートファジーについて講演しても、聴衆は誰もこの用語を聞いたことすらないこと受け合いだった」という書き出しで始まるこの総説は、図や年表などを使って、オートファジー研究の急激な発展を要領よく紹介している。この総説に掲載されている論文数増加のグラフは、産業革命以後の人口増加のグラフにそっくりで、2000年を境に、論文発表が劇的に増加している。この2000年の転換点を準備した研究として、以下の業績が年表にあげられている。

  • 1992: Y. Ohsumi and colleagues show the morphology of autophagy in yeast
  • 1993: The Ohsumi laboratory reports the first screen to identify yeast autophagy mutants
  • 1995: A. Meijer and colleagues document the stimulatory role of rapamycin
  • 1997: The Meijer laboratory finds a stimulatory role for PI3K
  • 1997: The Ohsumi group clones yeast ATG1.
  • 1998: Mizushima et al. identify the first mammalian autophagy gene and show conservation of Atg12– Atg5 conjugation
  • 1999: B. Levine’s laboratory identifies BECN1/ATG6 as a BCL2-interacting protein and tumour suppressor
  • 2000: T. Yoshimori and N. Mizushima develop LC3 assays for monitoring autophagy in higher eukaryotes

この年表を見ると、大隅さんのグループによる酵母での研究がオートファジーの分子メカニズムの研究に突破口を開き、この研究を受けて哺乳類で研究を展開した水島昇さん、吉森保さんら、大隅さんの教えを受けた方が大きな潮流を生み出す原動力になったことがわかる。今では「オートファジー」という学術雑誌まで出版され、大きな研究分野が成長している。大隅さんはこのような新分野を拓く決定的な一撃を打たれたわけだ。朝日賞に続いて、京都賞を受賞されたのも当然で、ノーベル賞級の研究成果と言っても、言い過ぎではないだろう。山中さんの研究のように、医学的な応用に直結する派手さはないが、基礎研究としてすばらしい成果である。
1992年といえば、私がまだ駒場大隅さんと職場をともにしていたころだ。大隅さんの「決定的な一撃」は、お世辞にも恵まれているとは言えない駒場の研究環境で生まれた。1992年に、オートファゴゾームを酵母細胞で誘導できることを発表されたのだが、この研究は、オートファゴゾームの形態異常を手がかりに突然変異体をとるという研究戦略から生まれたものに違いない。誘導できる系さえ手に入れれば、あとは大隅さんが得意とする、形態突然変異のスクリーニングで、オートファゴゾームの分子機構に迫るための一群の遺伝子を突き止められるはずなのだ。教養教育・学部教育・大学院教育をすべてこなす忙しさの中で、しかも駒場の狭隘な実験室で、ささやかな研究予算で、このすばらしい研究が生まれたことを、ここに書き留めておきたい。
若い研究者のみなさん、独自の研究戦略を持ち、自分が本当に追求したいことを、どんなに忙しくても徹底して追及してください。広い研究スペース、大がかりな設備、大規模な予算、これらがなくても、すばらしい研究はできるのです。「ぼくは口下手だから」と謙遜される大隅さんに代わって、このことを強調しておきたいと思います。