持続可能な社会のための科学と技術に関する国際会議

13日にインドネシアから帰国し、えびの野外実習の発表会に参加したあと、我が家で寝ることなく移動し、14−17日に京都で開催された「持続可能な社会のための科学と技術に関する国際会議2011−グローバルな持続可能性の構築に向けて:アジアからの視点−」という長い名前の会議に出席した。この会議は、国際科学会議(ICSU)が提唱しているグランドチャレンジに呼応して、日本学術会議が主催したもの。総合地球環境学研究所、および名古屋大学東北大学北海道大学のGCOEが共催した。
ICSUのグランドチャレンジとは、グローバルな持続可能性についての科学的な基礎を強化するために、自然科学・社会科学の関連諸分野を統合し、ひとつの地球環境科学を構築しようという提案である。詳しくは下記の文書を参照されたい。

この提案に沿って、ICSU傘下の4つの国際機構(IGBP, IHDP, DIVERSITAS, WCRP)が新たな戦略計画策定を進めている。私はDIVERSITAS科学委員会メンバーとして、グランドチャレンジに呼応したDIVERSITAS新戦略計画策定に関わっている。
日本では、日本学術会議環境学委員会・地球惑星科学委員会の下に置かれたIGBP・WCRP合同分科会がこの国際的な動きに対応しており、この分科会で指導的な役割を果たされている名古屋大学の安成先生が中心となって、今回の国際会議が組織された。私はDIVERSITASに関わっている立場から、“Evolutionary and historical thinking on human-nature interactions as a basis of sustainability science”(持続可能性科学の基礎としての、人間・自然相互作用に関する進化的・歴史的思考)と題して講演した。私はDIVERSITAS全体を代表する立場にはないので、私が共同議長をつとめるbioGENESIS(進化生物学的アプローチを生物多様性科学の応用分野に拡大することを意図したプロジェクト)の立場から、進化学的発想をベースに置いた話をした。
気候変動、水問題、災害、都市、食糧、貧困、健康、開発など、持続可能性に関わる多くの社会問題がとりあげられる会議である。これらさまざまな分野の専門家に対して、生態系・生物多様性の問題をわかりやすく説明し、納得のいく形で問題を提起するという仕事は、とてもむつかしい。しかも持ち時間は25分。私の講演は三部構成とし、第一部ではアジアでの森林減少と水質悪化にともなう生物多様性喪失の具体例を紹介し、第二部では人間が過去にいかに地球の生態系・生物多様性を変えたかを展望することでその結果としての今日を考え、第三部ではボトムアップのアプローチとして市民に何ができるか(科学者として市民にどういう行動を提起するか)という話をした。さまざまな分野からの参加者に対して、基本的な内容とメッセージを伝えることはできたように思う。反省点としては、第二部の最後に、歴史的な展望から導かれる現代の課題を整理したスライドをやはり一枚加えるべきだった。そうしようと考えてはみたのだが、時間的制約から話したい内容を伝えきれないと判断して、カットした。しかし、内容を考え抜いて、要点をしぼりこみ、課題を明確にすべきだった。第二部の話については、海外の社会科学者から、私の主張の科学的基盤に関する質問があった。この質問者は、ご自分の講演では科学的基盤をまったく示されなかったので、内心苦笑しながら回答した。他の分野に伝えるために詳細をカットした面もあるが、科学的基盤がまだまだ弱いのも事実。この点は今後の大きな課題だ。
IHDPのAさんの講演で、物質的な豊かさは必ずしも幸福にはつながらないので、GDPを指標にすることは不適切だという問題提起があった。まったく同感。また、技術革新によりコストが下がり、その結果消費が増えることが持続可能性を損なう要因なので、消費が増えることを抑えることが大事だという問題提起があった。つまり人間の消費行動を変えることが大事だ、という主張である。この点も同意する。しかしAさんがそのための方策として提案された「税金」と「教育」だけでは、問題は解決しないように思う。そこで総合討論においてこの問題をとりあげ、「親の世代では個人間で利害が大きく異なるために何が幸福かについて合意することは容易でない。しかし、子供の幸福、子供により良い環境を残すことに関しては、利害は一致する。この点で、このような国際会議に高校生を招き、子供の世代の関心・意見を議論に反映させてはどうか。このことによって、科学者の議論はもっとわかりやすくなり、親の行動を変えることができるだろう」という意見を述べた。すると当のAさんから、「科学者による会議の議論のまとめにおいて、行動を変える、という点を書くのは適切ではない。それは政治の問題になる。科学者は、人間行動をよりよく理解することに貢献すべきだ」という私にとっては意外なコメントがかえってきた。そのこと自体に異論はないのだが、たぶん私の主張がうまく伝わっていないのだろう。私の意見は、人間の行動特性が血縁者に対する利他性を持ち、一方で環境問題が親世代と子世代のコンフリクトをともなう(親世代は消費行動において短期的利益を追求しがちだが、子世代は長期的な環境の持続性により強い関心がある)、という進化生物学的な理解に依拠している。この点は、消費行動の変化による環境問題の解決をめざすうえでの要点だと考えている。制度的には、高校生に参政権を当たることを、真剣に検討すべき時代だと思う。
司会者の安成さんからは、高校生も大事だが、この会場に大学生が少ないのは反省点だ、もっと参加を増やすべきだった、というコメントがあった。これは私自身も反省すべき点だ。忙しいスケジュールをこなしているので、今回の会議については、依頼された講演についての責任だけを念頭においていた。参加してみると、ICSU傘下の4つの国際機構(IGBP, IHDP, DIVERSITAS, WCRP)で国際的に活躍している指導的な研究者が一同に会した、非常に充実した会議だった。水・災害や都市問題など多岐にわたる社会的課題について、最新の研究成果をもとにした、わかりやすい講演が聞けた。九大GCOEでも宣伝して、参加者を募るべきだった。
ICSUのグランドチャレンジを通じて、「持続可能性科学」の発展がこれから大きな国際的課題となっていくだろう。この分野に関しては、日本は「課題先進国」である。日本がいま直面している多くの課題は、持続可能性をいかに実現するか、という今日的・地球的な課題に、直結している。政治にはほとんど期待できないので、科学者が市民とも連携をはかりながら、シナリオづくりや政策提言に、積極的に関わっていくべきだろう。