屋久島生態系研究会

昨日は、屋久島(とくに西部林道)でサル・シカ・植生のフィールド研究をしている人たちと、京大理学部で研究会を開いた。このような研究会を持つ必要性については、今年3月16日の記事(下記)で以下のように書いている。

私を代表として3年間実施した環境省プロジェクトでは、毎年現地報告会を実施して研究成果を紹介し、島内での合意形成につとめてきた。しかし、西部林道をフィールドに植生・ヤクザル・ヤクシカなどについて調査を続けている研究者は、この3年間の議論にほとんど加わっていない。西部林道で駆除によるヤクシカ管理が実施可能となった現時点では、これらの研究者を招いた議論の場が必要だ。

当初は屋久島でこの研究会を開くことを考えた。しかし、京大の研究者(とくに若い人)に参加してもらうには、屋久島よりも京大で開くほうが良いという意見に同意して、京大で開くことにした。結果として、屋久島の方には参加がむつかしくなったが、今回は研究者どうしで議論する場を持つことを優先した。島民や行政と、研究者では、立場が違う。研究者は屋久島をフィールドに研究していても、島の将来に責任を負う立場ではない。言わば、アウトサイダーである。屋久島の生態系をどう管理するか(あるいはしないか)、ヤクシカをどの程度獲るか(あるいは獲らないか)を決める主体は、島民や行政である。科学者の基本的な役割は、島民や行政に判断材料を提供することだ。
しかし、科学者の間で意見が大きく分かれている状況では、島民や行政は判断に困る。このような場合には、科学者どうしでよく議論して、科学的に決着がつく部分とつかない部分をきちんと切り分けて、前者については現在得られているデータでどこまで結論できるかを、島民や行政にわかりやすく説明する必要がある。
重要なのは、科学的に決着がつく部分(科学的命題)と、つかない部分(価値的命題)を分けることだ。
私は屋久島の固有植物を滅ぼしたくないと思っているが、これは私の価値観である。一方で、観光資源としてのシカを大切にすべきだ、という価値観の人もいる(注:この意見は、私のプロジェクト期間中に、屋久島で開いた現地報告会の中で、島民の方から出されたもの。研究者の意見ではない)。価値観の違いについては、科学で決着をつけることはできない。関係者どうしでよく話し合って、折り合いをつけるしかない。ただし、その折り合いをつけるうえで、判断材料としての客観的な事実や論理的な予測は、とても大事だ。これらの事実・予測から、固有植物の保全と観光資源としてのシカの保全が両立する方策があることがわかれば、合意はより容易になるだろう。科学者は、いたずらに自分の価値観を主張するのではなく、判断材料(事実や予測)を提示することで、合意形成に貢献すべきだ。これは、自然再生事業指針を作る過程で、生態学会生態系管理専門委員会のメンバーが導きだした規範である。
今回の研究会では、議論を通じて、この規範を共有したいと考えていた。予想どおり、研究会の議論では、科学的命題と価値的命題が錯綜した。規範を共有するという段階までも、到達しなかったように思う。
Tさんからは、「昨日の会議は話がまとまらないまま時間切れになってしまいましたが、今後のことをみんなで議論し始める、いいきっかけになると思います。」というメールをいただいた。これをきっかけとして、屋久島をフィールドとする研究者の間で情報と意見を交換する場を、今後もぜひ設けたい。「屋久島学会を設立し、屋久島をフィールドとする研究者が、年にいちど屋久島で集まって、情報と意見を交換してはどうか」という提案をして、研究会を終えた。