下村さんの偉業

小林さん・益川さんに続いて、下村さんがノーベル賞を受賞されたことは本当に嬉しいニュースである。下村さんの場合、「オワンクラゲはどうやって光るか」という、いかにも役に立ちそうにない研究から、応用的価値の高い成果が生まれ、ノーベル賞へとつながった。興味本位の基礎研究が実は役にたつという好例である。日本の科学技術政策にも、きっと良い影響があるだろう。
下村さんの研究は、生物多様性の研究でもある。多種多様な生物の中には、とても変わった能力をもつものがたくさんいる。オワンクラゲは、その氷山の一角だ。変わった能力を持つ生物の研究は、それ自体が楽しい。下村さんの受賞をきっかけに、その楽しさへの社会的評価が高まることを願いたい。
下村さんは発光タンパク質をつきとめるための実験に、100万匹以上のオワンクラゲを使ったそうだ。タンパク質を単離・精製する、いわゆる「ものとり」の研究では、多量の材料を使うのが当たり前だった。最近では、便利なツールがいろいろ開発されて、かなり収率がよくなったが、私が学生のころは、単離・精製といえば、膨大な生物材料を集めてすりつぶすのが「常識」だった。
ただし、下村さんの研究では、生化学の「常識」をさらにこえる、多量の個体を必要としたはずだ。何しろ相手はクラゲである。組織の大半は水だ。また、光る物質を作る細胞は、オワンの先端部分だけである。
クラゲ本体をそのままミキサーにかけていては、効率が悪すぎる。きっと先端部分だけを切り取ったのだろうが、その作業を100万匹以上について繰返すには、想像を絶する根気が必要である。これは、日本人だからできた仕事だろう。日本人研究者には、このような「ものとり」の研究で、すばらしい業績を残された方がたくさんいらっしゃる。しかし、これまでの日本人ノーベル賞受賞者は、小林さんや益川さんのように、頭脳派の方がほとんどだった。今回の下村さんの受賞は、根気のいる地道な研究に賞が贈られたという点でも、非常に意義深いものだ。
※この記事を書きながら、クラゲをどのように処理したかが気になり、論文を検索してみた。答はすぐに見つかった。以下の雑誌(表紙は下村さんの写真)に下村さんご自身による総説が掲載されており、そのなかに具体的な記述があった。
Shimomura, O. 2005. The discovery of aequorin and green fluorescent protein. Journal of Microscopy 217:3 - 15.
ワイリーの雑誌が見れる方は、コチラ→(http://www3.interscience.wiley.com/journal/118735598/abstract?CRETRY=1&SRETRY=0
11ページに、「クラゲのおわん切断機」の図解がある。円形ブレードつきの切断機で、おわんの先端部だけを切り取り、その組織を使って単離作業をされたそうだ。
この方法で、1時間に1200クラゲ程度を処理されたそうだ。一日では3000クラゲ、ひと夏で5万クラゲ。重さにして2.5トン。これだけ使ってようやく、100-200mgの発光タンパク質が精製できた。このハードワークを5年続けたのちに・・・、と総説にある。
総説の最後には、"If it is not impossible, then I can do it"とある。職人肌の日本人研究者らしい、重みのある一言だ。