京都大学野生動物研究センター

昨日は、日帰りで京都出張。京大の時計台ホールで開かれた京都大学野生動物研究センター設立記念式典に出て、祝辞を述べた。
このセンター設立の趣旨については、尾池総長の記者会見用資料に詳しい。この資料には、「探検大学」としての京大の伝統は、「他の大学の追随を許さない京都大学のひとつの個性」だとある。そして今年は、今西錦司伊谷純一郎による最初のアフリカ探検(1958年)から数えて50年目にあたるのだという。さらに1958年は、西堀栄三郎隊長による南極越冬隊が越冬観測に成功し、桑原武夫隊長によるカラコルム遠征隊がチョゴリザ峰に初登頂したのだという。今西・西堀・桑原は三高の同期生である。
式典では尾池総長が式辞を述べられたが、このような経過をあらためて説明された。記者会見用資料には尾池総長ご自身の思いが込められているようだ。
確認はしなかったが、尾池総長は京大山岳部出身ではないかと想像する。そして、野生動物研究センター設立の関係者には、山岳部出身者が何人もいらっしゃるようだ。
懇親会の席で、数名の方に「このセンター設立は、サンガク共同ですね」と申し上げたら、かなり受けた。
センターの教授に着任された幸島さんも山岳部出身だ。氷河のうえで暮らす昆虫の研究にはじまって、今日に至るまでのご自分の研究史を講演されたが、その講演の中で、Pioneering, All round, Completeという山岳部のポリシーにもとづいて今日まで研究してきたと話されていた。ひさびさに迫力満点の、「ごっつ、おもろい」話を聞いた。
このセンターに関しては、尾池総長が霊長研の松沢所長に「京大には植物園があるのにどうして動物園がないのだろう」という問いかけをされたことがきっかけで、設立に向けての動きが始まったと聞いた。その後松沢所長が、東山動物園や京都市動物園との連携の話をまとめられ、このセンターが実現したようだ。そのため、このセンターは動物園との本格的連携をひとつの使命としている。動物園と連携しながら、ゾウやキリンやサイなどのカリスマ的野生動物についての研究を推進するのだそうだ。
尾池総長の式辞のあと、幸島さんの指導教官だった日高さん、私、東大の長谷川寿一さんが祝辞を述べた。探検大学京大の卒業生として、このような席に加えていただいたことは大変光栄だった。かなり考えて用意した祝辞を述べた。
10分間の時間をいただいたので、挨拶だけではもったいないと考えて、動物にまつわる面白い話をしようと考えた。しかし、センターに教授として着任された伊谷さん、幸島さん、村山さんが講演されたあとの祝辞なので、ちょっとやそっとの面白い話では、とても勝負にならないだろうと思った(実際にこの予想どおりだった)。
また、日高さんや長谷川さんの祝辞とも重複を避けたかったので、まずほかの人ではとりあげない話題を考えてみた。
行き着いたのは、匂い。日高さんが昔、トイレで外国語を勉強していたという話を前置きにしたあと、これから「臭い匂い」「甘い匂い」「セクシーな匂い」について話します、と切り出した。「臭い匂い」を思い浮かべながら話を聴いていただくのは恐縮なので、「糞の匂いの成分であるスカトールは薄めれば良い匂いで、香水の成分に使われるので、香水の匂いを思い浮かべながら聞いてください」と断った。内容はアナグマとタヌキが同じ糞場を共有している話。
「甘い匂い」については、予想どおり花瓶の生花に百合が使われていたので、百合の花の甘い匂いが会場にただよっていた。そのことから話を始めて、匂いをめぐる花と昆虫のかけひきについて話した。
「セクシーな匂い」については、「男性の方は若い女性100人と一緒にいる状況を、女性の方は若い男性100人と一緒にいる状況を想像して、セクシーな匂いを思い出してください。思い出せない方は、年です」と切り出した。そしてしばらく間をおいてから、「というのは嘘です。実は人間は、性的な匂いを他の動物のように感じることはできません」と話をひっくり返して、性的な匂いを感じる「第二の鼻」に話を進めた。
三題噺だが、それぞれの話題の間にうまくリンクをはったつもり。この内容は、展開すれば一冊の本できるだろう。
夜に活動する野生動物にとっては、匂いは視覚以上に重要なコミュニケーションの手段である。このコミュニケーションには、しばしば「だまし」や「かけひき」がともなう。3-5種類の光受容体しかない視覚と違って、ヒトで300以上、マウスでは1000以上の受容体が関係している複雑なコミュニケーションである。このテーマは、これからの野生動物の研究において、必ずや大きな位置をしめるようになるだろう。とにかく「おもろい」テーマだということは、伝えられたのではないかと思う。
最後に、センターでは「おもろい」研究を追及し、「おもろい」人材を育ててほしいとお願いした。
京大の基礎研究の真髄は、「おもろい」研究を追及する点だと思う。流行を追う研究は、「おもろない」のである。
野生動物研究センターは、実に京大的なセンターである。きっと「おもろい」学生が集まるだろう。