ヒメキツネノボタン

yahara2006-10-17

布施健吾さんからいただいた屋久島の植物の写真はどれもすばらしい出来映えである。科研費申請書執筆の合間に、ときどき写真をながめ、癒されている。
今日はその中から、ヒメキツネノボタンをアップロードしよう。苔の中から、花と葉がのぞいている。ヒメキツネノボタンもまた、花茎の高さが2-3cmの矮性植物である。
ヒメキツネノボタンは、戦前に正宗厳敬博士が記載されて以後、50年近く、誰も再発見することができなかった。20年あまり前に、屋久島の固有植物相を研究したとき、ヒメキツネノボタンの再発見は、悲願のひとつだった。当時までに、Ranunculus属の研究者である田村道夫博士、岡田博博士、藤島弘純博士らが、本種を求めて屋久島の奥山に分け入り、探索を繰り返されたが、ついに発見できず、「タイプ標本は奇形ではないか」という声も聞いた。しかし、私にはタイプ標本が奇形とは思えず、必ずどこかにあるはずだと思っていた。
そのヒメキツネノボタンが、コケ類と混生して、渓流沿いの湿った岩の上に生えているのを見つけたときの感動は、今でも忘れられない。体中がぞくぞくした。
キツネノボタンには、染色体の構造変異によって生殖的に隔離された隠蔽種が3つ知られている。ヒメキツネノボタンの核型は、屋久島低地に自生しているキツネノボタンと同じタイプだった。そこで、藤島弘純博士は、低地型とヒメキツネノボタンを交配された。予想どおり、F1には稔性があった。そこで藤島博士と岡田博士は、ヒメキツネノボタンキツネノボタンの変種に組み換えられたが、私は別種扱いでも良いと思っている。現実には、ヒメキツネノボタンキツネノボタンから完全に隔離されており、野外で交配することはないし、両者の生息環境は大きく異なる。人為的に交配したときに、F1に稔性があるからといって同種にすると、キスゲ属やエビネ属の多くの種はみんな「同種」ということになる。
変種か別種かという問題はさておき、ヒメキツネノボタンキツネノボタンは互いに交配できて、F1に稔性があるので、矮性形質の遺伝的背景を調べる材料としてはとても面白い。F1は、ヒメキツネノボタンよりも大きめではあるが、キツネノボタンに比べればはるかに小型であり、矮性形質は比較的少数の優性遺伝子に支配されている可能性がある。
さて、今回、ヤクシマタネツケバナという、新たな矮性種が見つかった。きわめて小型の植物だが、どうやら多年草のようである。いったい、何が小型化したのだろうか。祖先種が判明したら、交配してみたいものだ。もしF1に稔性があれば、F2での分離が調べられる。
どんな分離が生じるのか、表現型を観察するだけでも楽しそうだ。