ヤクシカと植物と人間と・・・

30・31日の屋久島現地報告会が無事終了した。30日の公開シンポジウムには約80名の参加があった。参加者に書いていただいたアンケートを、帰りのフェリー船上で入力し、ウェブサイトの屋久島のページに載せた。いろいろな感想があり、考えさせられた。
ヤクシカが増えており、林床植物をかなりの程度に食べているという点は、共通認識になった。しかし、今後も増え続けるかどうかという点では意見が分かれている。ひとつの意見は、こうである。

長い歴史を通じて、シカと植物は共存してきたので、いずれバランスがとれるはずだ。シカが植物を食べるのは当然である。30年前は、シカが減りすぎていた。そのときに林床に植物が茂っていたからといって、それを目標に考えるのは適切ではない。

私はこの意見とは異なる予想をしている。

屋久島固有種のヤクシマタニイヌワラビが絶滅寸前状態まで減ってしまった。これまでの長い歴史とは違ったことが起きている。まず、多くの林道が屋久島の山中にある。そこはヤクシカにとって餌が豊富だし、移動もしやすい。また、30年前にはほとんど食べていなかったシダ植物を、いまのヤクシカは頻繁に食べている。食性が変化し、暗い原生林内でも、まだ餌不足の状態ではない。ヤクシカは、さらに増え、原生林は過去の歴史とは違った方向に推移するだろう。

どちらが正しいかを現時点で決めることはできない。このような場合、間違っていた場合により後悔しない対策をとるべきだ、というのがひとつの考え方だ。しかし、この主張に対しても、必ずしも合意は得られないようだ。
幸い、害獣駆除まで否定する意見はない。つまり、まったく獲ってはいけないという極論は出ていない。それならば、どの程度獲るかに関する調整の問題である。
31日の行政向けの報告会では、(1)害獣駆除で毎年捕獲しているシカの内訳をメス9:オス1にする、(2)国有林内での罠捕獲を増やす、(3)週末だけでも、国有林内での害獣駆除が認められないか、という議論があった。これなら、実現可能かもしれない。
このような対策をとったとき、その効果を判定できるモニタリング体制が必要だ。しかし、行政にはいま、その体制をとるだけの予算とマンパワーがない。できるだけ簡便な方法で、市民参加型のモニタリング技術を開発することが必要だ。この点は、私たちのプロジェクトがめざす、重要なテーマである。
ところで、ヤクスギランド内に私のチームが設置した植生防護柵に対して、「観光施設であるヤクスギランド内の目立つ場所に柵を置くのはどうか」という意見をいただいた。ヤクスギランド利用者には、看板で事情と目的を説明して、啓蒙をはかりたい。
私はヤクスギランドを観光施設と考えたことがなかったので、この方の発言には、意表をつかれた。
ヤクスギランドは、国立公園内にある自然休養林である。EICネットで調べてみた。

自然休養林とは、林野庁所管の国有林内に設けられているレクリエーションのために活用する森林のエリア。林野庁長官通達「自然休養林の取り扱いについて」(1967)に基づき指定が開始され、全国で91箇所、105haが指定されている。自然休養林の性格は、その位置や森林の特徴によって多様であり、身近な都市近郊林から山岳を中心とするものまで幅が広い。

「レクリエーションのためのエリア」だから、観光施設といえなくはないかもしれない。実際、ヤクスギランドは、林野庁森林環境保全センターとともに、屋久町観光商工課が維持管理にあたっている。
とはいえ、いわゆる「観光」では得られない自然体験をできる場が、自然休養林ではないだろうか。いわゆる「観光」とは違ったコンセプトが、屋久島の森を訪れる人には、必要だと思う。