進化生物学への道

上京して、東京の「隠れ家」に到着。
東京に向かう途中、伊勢湾上空で機内放送があり、羽田周辺が悪天候のため、しばらく待機するとのこと。やがて、燃料が足りないからという理由で、大阪国際空港に不時着。給油後に離陸し、2時間遅れで羽田に着いた。結局、3日続きの午前帰宅だ。
幸い、長谷川眞理子著『進化生物学への道 ドリトル先生から利己的遺伝子へ』(岩波書店ISBN:4000269895)を持っていたので、退屈せずに過ごせた。
岩波の「グーテンベルグの森」シリーズの一冊。著名な著者たちが、本との出合いを語るシリーズである。長谷川さんのこの本の場合、本との出合いに重ねて、研究者としての半生が綴られている。図鑑にくびったけだった小学校時代に、ドリトル先生航海記を愛読した思い出に始まり、「ソロモンの指輪」に導かれてチンパンジーの研究に進み、ドーキンスの著作でパラダイムの転換を経験し、クラットンブロック先生の下でダマジカを研究し、ケンブリッジダーウィンカレッジでダーウィンの時代に触れ、文系の学部で科学・人間・文明について考え、総合研究大学院大学教授として、新たな研究へのチャレンジを開始するまでの、自叙伝だ。
いまの心境を、ところで私は、ドリトル先生の「大ガラス海カタツムリ」を見つけたのである、と語るくだりが、いかにも長谷川さんらしい。
決して順調ではなかったこれまでの研究者人生だが、語り口は明るい。いつもの快活な会話を思い出させるような、軽やかで、明快で、まっすぐで、チャーミングで、それでいて、思慮深く、力のある語りが冴えている。
なぜか私は、実名で登場している。長谷川さんとはまったく違った研究者人生を歩んだ私にとって、本書であげられた多くの本の中で、共感するのはダーウィンの本くらいだ。しかし、その共感はとても大きくて、一緒にダーウィン著作集の仕事をして以来、ずっと昔からの友人のように、親しくおつきあいさせていただいている。その長谷川さんに、本書の中で実名で紹介していただいたことは、とても嬉しい。
何よりも、生き物が好きで、本が好きで、人間に好奇心があって、科学についても社会についても考えることが好きな長谷川さんの本である。面白くないはずがない。
今でこそ、進化生態学の理論的枠組みに精通している長谷川さんだが、若いときはそうではなかった。大学院生時代をふりかえって、長谷川さんはこう語っている。
「やみくもにチンパンジーを追いかけ、データを取って、何か出てくると思っていたとは、若かったとしか言いようがない。今では、こんな状態で調査に出て行く院生はいないだろう。」
私はしかし、何かにとりつかれたように、むこうみずな研究に挑む突進力こそ、いきいきとした研究成果を生み出す原動力だと思っている。
そういうパワーを保ち続けながら、理論を心に宿した長谷川さんの半生記は、若い研究者への熱いメッセージである。
生き物好きの野外研究者なら、必読の一冊。