コラーゲンと生物学教育

16日のブログへのコメントで、MsY さんから、『私は、「飲むコラーゲンはインチキ」「そんなことがあるわけがない」と科学の授業の場で、学生のための教養として教えることは「非科学的」であると思います。科学の授業であるなら、その根拠を追求するという科学的な態度のあり方の教育に重点をおくべきであると思います。』というコメントがあったので、この点に関連して補足説明をしておきたいと思います。
私の「地球と生命」の授業では、転写・翻訳の仕組みを解説したうえで、これらの知識を応用して考える題材として、経口摂取したコラーゲンの効用を学生に問いかけました。1面を使った広告が掲載された新聞を教壇に持参し、「本社の製品は、分解されやすい魚のうろこのコラーゲンで作られているので、ペプチドの状態になりやすく、吸収されやすい」という内容の説明を読み上げ、授業で習った知識を使って、「飲むコラーゲンがなぜ効かないかを説明しなさい」というレポートを出しました。このレポートの課題は、「リボソームで、遺伝暗号の翻訳によってタンパク質が合成される」という、授業で習ったばかりの知識を、単なる暗記ではなく、身近な課題に対する論理的考察に結びつけて、より深く理解してほしいと考えて出したものです。MsY さんも、この教え方が、「非科学的」であるとは、おっしゃらないでしょう。
翻訳の過程では、アミノ酸しか使われません。したがって、コラーゲン由来のペプチドが、かりに皮膚まで運ばれたとしても、そのままコラーゲンの合成に使われることは、ありえません。レポートでは、多くの学生がこの結論にたどりついたうえで、分子生物学の知識が身近に感じられたといった感想を述べてくれました。
MsY さんはまた、

1)高分子量の酵素リゾチーム配合の風邪薬はどうでしょうか?
製薬会社が堂々と販売しています。
2)卵アレルギーの症状が皮膚で起こるのはなぜでしょうか?
3)食べたプリオンはどのように脳に感染するのでしょうか?

という問題を提起されています。これらの問題について、私が知る範囲で答えておきます。
1)リゾチームは、細菌の細胞壁の糖鎖を分解する酵素活性を持つので、のどなどの粘膜上の細菌を殺す作用を期待して、風邪薬に混ぜられています。実際にどの程度の効果があるかはよく知りませんが、体内に吸収されて利くという宣伝は聞いたことがないので、コラーゲンと同列に考えるのは適切ではないでしょう。
2)リゾチームなどの卵のタンパク質がアレルゲンとなることは、十分にありえる話です。
小腸では、能動輸送による選択的な吸収のほかに、拡散による吸収が起きますので、ペプチドなら吸収されることがありますし、プリオンのようなタンパク質分子がそのまま吸収されることも、ごく低頻度では起きるはずです。ただし、分子量が大きいほど物質の拡散係数は小さくなります。アミノ酸3個程度のペプチドならときどきは吸収されるでしょうが、20個程度になると滅多に吸収されず、タンパク質分子がそのまま吸収されるのは、ごくまれなできごとでしょう。
アレルギー反応は、アミノ酸20個程度のペプチドなら起きますし、もっと小さなペプチドでも起きることがあります。卵のアレルゲンが小腸で毛細血管に吸収され、皮膚まで運ばれることは、低頻度でしか起きませんが、免疫反応は非常に感度の良い反応なので、アレルゲンとなるごく少量のペプチドが皮膚のどこかに運ばれれば、アレルギー症状が起き得ます。
3)プリオンは、コラーゲンやクリスタリン並みに非常に分解されにくいタンパク質です。しかも、コラーゲンのようにタンパク質分子がさらに結合したりしていないので、プリオン分子1個なら、小腸から吸収されることは、ごくまれには起きるでしょう。異常型プリオンが1個でも吸収されれば、それが正常型と接触することで、異常型が増える可能性があります。
コラーゲンは、繊維状のタンパク質がよりあわさった高分子なので、そのままの状態で小腸から吸収されることは、まずないでしょう。そこで、市販の「飲むコラーゲン」では、アミノ酸20個程度のペプチドに分解したものを使っているようです。この程度のペプチドなら、小腸で毛細血管に吸収されることは、まれには起きるでしょう。しかし、アミノ酸にまで分解されない限り、タンパク質合成に使われないことは、ご存知のとおりです。
「飲むコラーゲン」の摂取によって皮膚のコラーゲンが増えるというのは、魚の目玉を食べて目のレンズのクリスタリンが増えるというのと同じように、ありえない話だと思います。