ハリケーンと温暖化(2):より妥当なモデルをどう選ぶのか?

昨日引用した元村さんの発言に端を発して、理系白書ブログでコメントが続いている。ハリケーンと温暖化の関係がどの程度わかっているかについては、私も関心がある。私は気象学の専門家ではないが、非常に複雑な系を扱っている点では、気象学と生態学は兄弟分である。気象学において、どのようなモデル化が行なわれ、どのような検証が進められているかについて、いささかならず、興味をそそられるのである。

そこで、少し論文を調べてみた。(科研費の申請書を書くのに忙しいのだけど、ちょっとだけ、気分転換ね)。

まずは、8月4日号のNature誌に掲載された以下の論文。
過去30年間で熱帯低気圧の破壊力は増大していた:Emanuel (2005) Nature 436, 686-688 (4 August 2005)
さすがにNature誌に掲載されるだけあって、データも結論も明快である。

理論やシミュレーションの予測によると、地球温暖化とともに、ハリケーンの強度は増大すると予測されている。しかし、これまでの研究は発生頻度に注目しており、「強度」を調べて予測を検証した研究はない。この研究では、ハリケーンの発生から消滅までの全活動期間にわたる散逸エネルギーの積分値を、ハリケーンの「強度」の指標とした。北大西洋北太平洋における過去のデータからこの指標を計算してみると、指標の変化パターンは、熱帯の年平均海面温度の変化と驚くほどよく一致した。1980年代以後、熱帯の年平均海面温度は増加傾向にあり、これに相関して、ハリケーンの「強度」も増大していたのである。

この研究は、「地球シミュレータ」のようなスパコンを使ったものではない。ごくふつうのパソコンでできる計算で、明快な結果を出した。お見事である。

では、スパコンは役に立っていないかというと、もちろんそんなことはない。上記の論文が依拠している予測は、次の論文に書かれているものであり、この予測はスパコンによる複雑な計算から導かれたものだ。

Knutson and Tuleya (2004) Impact of CO2-Induced Warming on Simulated Hurricane Intensity and Precipitation: Sensitivity to the Choice of Climate Model and Convective Parameterization. Journal of Climate: Vol. 17, No. 18, pp. 3477–3495.

この論文は、「地球温暖化とともに、ハリケーンの強度は増大する」という従来の研究の予測が、異なる温暖化のシナリオの下で、どの程度頑健かを調べたものだ。結論として、複数のシナリオの下で、予測は支持される。

しかし、肝心のモデルが、どの程度妥当なのかが、よくわからない。使われているモデルは、大気だけを考えたモデルであり、海洋とのカップリングは考慮されていないそうだ。しかし、海洋とのカップリングなどを組み込んで、変数を増やせば、それだけ検証が難しくなるかもしれない。

変数が多いほど、一般にデータとの適合度は良くなるが、誤差などによるデータの変化にまであわせてしまうため、一般的な予測力はかえって下がる。このバランスを考えて、もっとも良いモデルを選択する統計的方法がある。元統計数理研究所所長の赤池弘次氏が1974年に発表した赤池情報量基準(AIC)を使う方法である。この方法は、統計学的なモデル選択における世界標準といっても過言ではない。

気象モデルにおいて、このような統計学的なモデル選択が行なわれているかどうかを知るために、”AIC & warming”および”AIC and climate”で、データベースを検索してみたが、ヒットするのは、生態学の論文ばかりである。気象モデルに関しては、おそらくシミュレーションに使われている変数が多すぎるために、データとの適合度を調べること自体が、不可能に近いのではないかと想像する。

先日、植物学会富山大会シンポジウムで聞いた「陸域生態系の炭素収支モデル」では、変数が約100個組み込まれているという。一方、検証データが得られている地域は、地球上のごくごく一部だ。いくら「地球シミュレータ」の計算能力が高くても、地球規模の精度の高い観測データがなければ、予測どころか、モデル選択すらできない。

類似の事情が、気象モデルにもあるのではないか。

というわけで、現状では、スパコンによるシミュレーションの予測は、従来の科学的知見や理論と矛盾しない「シナリオ」と言うほうが妥当かもしれない。それでも、先日のブログで書いたように、対策をとるための「仮説」になり得る。「従来の科学的知見や理論と矛盾しない」仮説を選択し、検証を繰り返すことが大事なのだ。そして、科学が十分な予測力を持つ日を待っていては、手遅れかもしれない問題については、対策と仮説検証を同時に進めることが重要なのである。

統計学者の松原望さんは、「講義録 環境学におけるデータの不充分性と意思決定」の中で、

『科学的に何も分からないから、何もしません』 このセリフを行政がいってはいけないのです。

と書かれている。同感である。