言語の進化・酒の強さの進化・侵入と進化

日本進化学会第7回大会(26日〜29日:東北大学)から、さきほど帰宅した。大会で聴いた講演の中から、記憶に残ったものをメモしておこう。
岡ノ谷一夫さん理化学研究所)と橋本敬さん(北陸先端科学技術大学)が企画されたシンポジウム「言語の起源と進化」は、とても勉強になった。かねてから興味を持っているテーマだが、自分の専門とはかなり離れているため、専門的な発表を聴いたのはこれがはじめてである。このような異分野の発表が聴けるのが、進化学会大会の楽しみの一つである。
岡ノ谷さんは、小鳥の歌(さえずり)の学習過程を研究することで、ヒトの言語についての理解を深めようとされている。ジュウシマツなどの鳥は、歌の歌い方を生まれながらにして知っているわけではない。人間が言語を学習するのと同じように、小鳥は歌の歌い方を学習する。この学習のプロセスについて、ソナグラムの発達過程の分析のようなマクロな手法と、脳に関する神経科学的・分子生物学的研究方法とを組み合わせて、ユニークな研究をされている。岡ノ谷さんの講演の内容を短く要約するのは、いまの私には難しい。
岩波科学ライブラリ− 『小鳥の歌からヒトの言葉へ』(ISBN:4000065920
という本を書かれているので、読んでみようと思う。
岡ノ谷さんは、心理学分野の出身であり、「言語とゲンゴの違い」というような議論にも、上手に対応されていた。生粋の自然科学者では、岡ノ谷さんのような対応はなかなかできないと思う。言語学や心理学など、伝統的に「文系」とされてきた分野と、自然科学として発展してきた進化学との橋渡しをするうえで、余人をもって代えがたい方だと思った。来年の日本進化学会大会(東京)でも、両者をつなぐシンポジウムをぜひ企画していただきたいものだ。
このシンポで「シンボルの融合からみた言語起源」という講演をされた川合信幸さん(名古屋大・情報科学)によれば、
『パピーニの比較心理学』が8月31日に発売されるそうだ。比較心理学の本格的なテキストの邦訳である。人間の心理や行動の進化に興味がある人には、必読の1冊だろう。
山元大輔さん(東北大)が企画されたシンポジウム「行動の進化の遺伝子機構」では、太田博樹さん(東大院・新領域)の「ヒトの行動様式と遺伝的背景の関連を探る試み」にとくに興味を惹かれた。アジアでは、アルデヒド脱水素酵素の遺伝子の一つALDH2の欠損型が多いために、酒をまったく飲めない人(欠損型アレルのホモ接合)や、飲むとすぐに顔が赤くなる人(ヘテロ接合)が多い。このことは知っていた。アジアでは、これに加えて、アルコール脱水素酵素の遺伝子の一つADH1Bの47番目のアミノ酸ヒスチジンに置換したアレルが多く、6割くらいの頻度に達するそうだ。このアレルはアジア地域以外では見られない。
不思議なことに、ADH1B 47Hisアロザイムは、他のアレルが作る酵素に比べエタノール分解能が高い。ということは、ADH1B 47Hisと、ALDH2の欠損型を持つ人(アジアではもっとも普通の組み合わせ)では、エタノールがすみやかに分解されてアルデヒドになるが、アルデヒドはなかなか分解されずに、酒に酔ってしまうということになる。
このような、明らかに矛盾する組み合わせがいったいなぜ進化したのだろう。まったくもって不思議だ。
千葉聡さん(東北大)が企画されたシンポジウム「侵入と進化」では、コメンターをつとめた。太平洋を越えてアメリカ西海岸に侵入したホソウミニナとその寄生虫の話、世界中でおきているセイヨウミツバチの侵入による送粉昆虫相の激変の話、アリの侵入種がカニを激減させ、結果として林床植生を大繁殖させた話(しかもその同じ種が沖縄ではとくに侵略性を発揮していないという)、ニホンタンポポセイヨウタンポポの雑種が日本中にひろがっている話、どれも意外性があり、面白く、基礎的にも応用的にも重要な話だった。
侵入生物の問題は、進化の問題にほかならない、というコメントをした。侵入生物に関しては、面白い研究テーマが山のようにある。しかし、日本では、やっと研究がはじまったところだ。このテーマに参入する研究者が増えて欲しいと思う。
ポリネーションに関するシンポジウム「送粉者の行動から眺める送粉系」(S氏「8/28(日)の進歩」参照)も、とても面白かった。これについてコメントを書き出すと長くなりそうなので、またいずれ。このシンポのメンバーの飲み会に出たかったが、翌日の講演の準備に万全を期すために、欠席した。九大から一緒に参加したNさんが出席して、大いに刺激を受けたようだ。
最終日は、進化学夏の学校の1コマ目で、「進化学入門」と題して2時間の講義をした。「入門」にしては難しかったという評価を聞いたが、これは「想定の範囲内」である。今年の受講生は、東京で開催した昨年とちがって、高校の先生は少なく、大学生・大学院生が中心だと予想していた。実際、この予想どおりだった。そこで、スライドを使って定性的に説明する「市民大学講座」的な部分と、数式を使って厳密に説明する「大学の講義」的な部分を織り交ぜた構成にした。また、教科書的な解説をした昨年とは趣向を変えて、オリジナルな話を多めに構成した。
確かに、難しかったとは思うが、テーマ、根拠、結論をはっきりと繰り返し述べたので、基本的なメッセージは伝わったと思う。スライドはすべてプリントで配布したので、わからなかった部分をあとで復習できると思う。
2コマ目の河田雅圭さんは、私と違って数式を使わずに講義をされたので、印象としては親しみやすかったようだ。
3コマ目の深津武馬さんは、アブラムシとその内部共生細菌の関係を題材に、大学院以来の研究の流れをわかりやすく、アピーリングに話しをされて、圧巻だった。学生にも、一般の方にも、強い印象を残したことと思う。過去3回の「夏の学校」の9回の講義の中で、ベストレクチャーだったのではないか。
今回の「夏の学校」の3コマを含む、9回分の講義の内容は、3冊の本として出版される予定である。すでに2冊分は、編集作業が進行している。早く出版できるよう、頑張らねば。