大学生へのブックガイド

大学生にもっと本を読んでほしいという願いをこめて、2冊のブックガイドがあいついで刊行された。次の2冊である。同じ願いを持つ大学教官として、これら2冊を手にとってみた。

教養のためのブックガイド
小林康夫・山本泰(編)
東京大学出版会;1600円+税;ISBN:4130033239

大学新入生に薦める101冊の本
広島大学総合科学部101冊の本プロジェクト編
岩波書店;1400円+税;ISBN:4000237632

2冊ともに良いガイドであってほしかったが、残念ながら、明暗がくっきり分かれたようだ。

2冊の違いは、編者による緒言にすでに現れていると思う。広大本の「はじめに」は、こう書き始められている。

大学における一般教育あるいは教養的教育は、米国では「リベラルアーツ」と呼ばれていますが、それが21世紀の現代においてどのようなものであるべきか、という点については、日本国にコンセンサスがありません。それはこの国のゆくすえについての社会的合意がないためです。
筆者は、23年間大学教師として教養的教育に全力を尽くしてきましたが、ある年のこと、大学生なら当然知っているべきと思われる、簡単な質問をしたところ、・・・

編者は、いったい誰にむかってこの文章を書いたのだろう。少なくとも、「大学新入生」に対してでないことだは確かだ。本書を手にとった「大学新入生」が、「はじめに」を読んで、「面白そうだ、よし、この本をガイドに、いろいろな本を読んでみよう」と思ってくれるだろうか。教養的教育が、米国で「リベラルアーツ」と呼ばれているかどうかなど、学生にとってはどうでも良いことだ。そして、いきなり学生に説教を始める姿勢はいただけない。筆者の思いは、学生には伝わらないだろう。

一方の東大本の「はしがき」は、次のように書き始められている。

本書は、「教養」という言葉を軸にしたブックガイドです。
言うまでもなく現代において「教養」という言葉が何を意味するのか、かならずしもはっきりしているわけではありません。それぞれの考え方もまたちがいます。しかし自分の心を育て、世界を学ぼうとしている若い人々にどんな本を薦めるか、それを選ぶ作業を通じておのずから「いま、教養とは?」という問いにも答える努力をしてみたいのです。

明快である。そして、「自分の心を育て、世界を学ぼうとしている若い人々」に語りかけている文章である。さらに、この「はしがき」に続く第1章の冒頭において、次のメッセージが読者に送られている。

これからお読みいただくこの本は、たったひとつの望みによって導かれ、貫かれています。それは、大学生を中心とした若い人に、−たとえば授業で教科書や参考書として指定される本以外に−できるだけたくさんの、さまざまな種類の「よい本」を読んでもらいたいという望みです。必要に迫られて、特定の目的のために読むのでも、単に娯楽のために読むのでもなく、自分の知らない世界を知ろうとして、あるいは人間というものをより深く理解するために、さらには昔風の言い方をあえて使えば、みずからの精神ないし人格を「養う」ために本を読む−そのような習慣を若い人々に身につけてもらうためのひとつの「きっかけ」や「うながし」になること、それがこの本の願いです。

このように学生に語りかける編者の姿勢は、本書の執筆者陣にも「感染」している。その結果、全体として、執筆者からの「熱意」が伝わる本となっている。どの章を読んでも、どのコラムを読んでも、学生たちに本を読むことの楽しさを伝えたいという思いが伝わってくる。

一方の広大本には、このような「熱意」があまり感じられない。私も読んだことのある良い本がたくさん紹介されているのだが、私がその本を読んだときの興奮がなかなか伝わってこないのである。知人が何人も執筆者リストに名前を連ねているので、批判的な評を書くのは気が進まないが、今後改訂されることを願って、あえて批判しておきたい。現状では、本書は所期の目標を達成していないと思う。その最大の理由は、読者として学生を意識し、学生の目線で、学生たちに語りかける姿勢が一貫していないことだと思う。これでは、学生との対話は成り立たない。もちろん、101の書評の中には、このままでも十分魅力的な文章もある。しかし、残念ながら、本全体から熱意がほとばしるほどには、その割合は高くないと思う。

個人的な経験をひとつ、披露したい。しめきりを大幅に過ぎた原稿を何とか書き上げて、知る人ぞ知る、とある編集者に送ったときのことである。その編集者は、私の原稿に対して、次のようなコメントを返してくれた。
「必要なことは書いてあります。しかし、魂がありませんこもっていません。」
図星であった。締め切りをクリアすることばかり意識して、読者に何を伝えたいか、それはどうすれば伝わるかを真剣に追求できていなった。素材が良くても、魂がない文章は、読者の心を打たない。

広大本を改訂する方法のひとつは、学生に原稿を読んでもらうことだろう。学生の評価に耳を傾け、学生との対話を通じて原稿を改訂すれば、格段に良い本になるに違いない。選書や構成はとても良いと思うし、何よりも著者たちが学生に薦めたい本を選りすぐって、書評を書いているのである。その努力を、この本の水準で終わらせるのは、惜しい。改訂版の出版を、切に望む。

追記:広大本について批判的に書いてしまったが、あなたが少しでも本を愛する人であれば、ぜひ1冊購入して、あなたの読書の手引きにしてほしい。101の書評の中に、きっといくつかはあなたの心を打つ本があるはずだ。本は、買う人がいてはじめて、版を重ね、より良いものになっていく。本を読む人が少しでも増えてほしいという編者の願いには、私も心から共感するのである。