ラスト・ブックマン

父祖より受け継いだ万巻の書物を守る「文守り」(ふみもり)の館に、雷鳴が光る。館を脅かすのは、ネット産業「調和社」の凄腕エージェント、台宮司だ。崩れ落ちる館から、小型機で脱出をはかった文守りだが、機内に先回りした台宮司の手にかかり、絶命する。そして、空から舞い落ちる無数の本。まるで映画の一シーンのように、空を舞う1冊の本がクローズアップされ、そこに、次の文章が浮かび上がる。

・・・・・20XX年、コンピュータ・ネットワークの普及と地球的な森林資源の不足により、活字文化は衰退の一途をたどっていた。
マルチメディア世代にとって「本を読む」ことはきわめて特殊な行為、あるいは技能となり、街の書店は次々に姿を消していったのである。・・・・・・・・・・・・
携帯端末の完全無料化によるネットワークの浸透は、わずかに残った書店をも、廃業に追いこんでいきつつあった。
地球上に現存する古今東西のありとあらゆる書籍は、ネットワークを運営する独占的企業「調和社」によって買いとられ、その内容はホストコンピュータに有料の「情報」として蓄積されていったのである・・・・・・・・

そして10年後。荒野の無人駅「愛宕山三丁目」に主人公・紙魚図青春が降り立つところから、本編がスタートする。手に持つ本は、江戸川乱歩全集の「二銭銅貨」。無人駅の背後には、THE LAST BOOKMANと書かれた14個の文字型の看板が並んでいる。一昔前のアメリカの西部なら、実際にありそうな風景だ。
ここで紹介しているのは、書籍管理官・紙魚図青春の活躍を描いた、スリル満点、ギャグ満載の近未来SF漫画。設定といい、ストーリー展開といい、なかなかに独創的な作品である。すっきりした線で、個性的な登場人物を生き生きとえがく、とり・みきの画力は、あいかわらず健在だ。
紙魚図青春は、かつて勤めた「愛宕山ブックセンター」を守るために、戻ってきた。迫るのは、伝説の「ゲオルグ」、その正体は、調和社の本略奪用ロボット軍団である。ブックセンターの「砦」を守るのは、紙魚図青春に加え、女主人、コカ・ブックス配達員のマリア、謎のバウンティハンター、売れっ子作家の弟子、ロボットのHAL子、もと車掌、の7人。
風景は、西部。映像は、マカロニウェスタン。西部劇ファンなら、懐かしいシーンがちりばめられていることに気づかされるだろう。保安官に心臓を打ち抜かれたはずの紙魚図が、胸のポケットに入れた「二銭銅貨」のおかげで命拾いするシーンは、「荒野の一ドル銀貨」だね。本のタイトルは、「ラスト・ガンマン」をもじったものに違いない。
スリリングなストーリーの一方で、随所に、とり・みきならではの、ナンセンスギャグが埋め込まれている。
ロボット軍団に立ち向かう切り札、電脳金魚は、美しいアイデアだ。電脳金魚でロボット軍団は、壊滅した。しかし、台宮司の秘密兵器が空から攻めてきた。
絶体絶命のピンチを救ったのは、女主人の息子の述(のべる)。台宮司は、保安官に逮捕され、ハッピーエンドかと思った直後、味方の中に裏切り者が・・・。訪れた最大の危機を救うのは・・・。
スリル満点のギャグ漫画なので、まじめに紹介するのは、的外れかもしれない。しかし、単に面白いだけでなく、とてもユニークな漫画なので、とりあげてみた。
本が好きな者には、おかしくも、ちょっと悲しい、物語である。ラストシーンで、紙魚図青春がぶつかる本の表紙に「A la recherche du temps perdu」(失われた時を求めて)と書かれているのを、友人が教えてくれた。心憎い演出だ。

とり・みき/田北鑑生
ラストブックマン THE LAST BOOKMAN
早川書房;1400円+税;ISBN:4152084383