「水溶性核酸水」への疑惑

通勤途上で、店先の広告がふと眼にとまり、しばらく立ち尽くしてしまった。「水溶性核酸水DNコラーゲン」・・・発売元はフォーデイズ。ウェブサイトには、「遺伝子の栄養素・驚異の核酸パワー◇病気の予防や治療、健康促進に役立つ核酸」とある。「水溶性核酸水DNコラーゲン」をキーワードに、Googleで検索してみると、なんと1180件もヒットした。「健康食品」を扱っているような、いろいろな店で販売されている。どのサイトでも、類似した紹介が書かれている。たとえば、以下のとおり。
遺伝子栄養学研究所では良質の核酸物質を取り組むことで、ヒトの全ての細胞が修復され、強くなり、正しい設計図のままで細胞分裂が行われ、より健康な身体作りが成されることを確認しています。自然界の中の最強の核酸物質はサケの白子ということも分かりました。
ところで、「遺伝子栄養学研究所」って何だと思い、検索してみた。ホームページには、「遺伝子とは?」「生活習慣病とは?」「遺伝子栄養学とは?」「テーラーメイド医療」などのインデックスがならび、まじめな研究所のように見える。
その、遺伝子栄養学研究所の「核酸」のページには、次のような解説がある。

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核酸とは、細胞の核にあるDNAとRNAのことです。従来の栄養学では、核酸は肝臓などで合成(デノボ合成)されるため、必要のないものといわれてきました。
しかし、① 加齢とともに核酸の合成能が衰えること、② 核酸を摂取すると、それを材料として核酸が合成(サルベ−ジ合成)されること、③ デノボ合成の核酸 + サルベ−ジ合成の核酸 = 一定 ということが分かってきました。これは、核酸を重要な栄養素として摂取しなければならないことを意味します。細胞の正常な分裂に関わるため、健康のあらゆる場面で重要な働きを核酸摂取が担っているのです。
更に、がん細胞は異常分裂で増殖しますが、デノボ合成の核酸しか材料にできないことが分かってきたのです。つまり、③の数式から核酸を多く食べることによりデノボ合成の核酸は少なくなり、結果、がん細胞は材料不足で増殖できず兵糧攻めにあうということです。

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この解説のあとに、「症状別による核酸摂取量の目安」の表があり、ガン(腫瘍完全摘出、転移が認められない場合)・・・1000〜2000mg/日といった数字がずらりとならんでいる。さらに、核酸の食品用原料として、「サケ白子エキス」「サケ白子DNA]などの紹介が続く。「サケ白子DNA酵素処理品」 (商品名・ヌクレゲン)は、「消化吸収力が弱い子供やお年寄り、胃腸が弱い人に最適」だという。分子生物学の初歩的知識なしでこの解説を読むと、「おおっ、核酸って、そんなにすごいのか、すぐに食べなきゃ」と思ってしまうかもしれない。しかし、分子生物学の知識を持つ者として、この解説に以下のような疑問を抱いた。
第一、「水溶性核酸水DNコラーゲン」を飲まなくても、ヌクレゲンを服用しなくても、私たちは毎日、核酸を摂取している。野菜だって、魚だって、ニワトリだって、みんなみんな、生きているので、核酸をいっぱい持っている。もちろん、私たちの体のすべての細胞に核酸があるので、毎日毎日、ほっぺの内側から自分のDNAが胃袋に送り込まれている。これらに加えて核酸を摂取することに、栄養素としての効果があるのだろうか。
第二に、「核酸は肝臓などで合成(デノボ合成)される」という説明は、変だ思う。細胞が分裂するときには、DNAは必ず合成されている。これは肝臓に限らない。サルベージ合成(分解産物として生じたプリンからのDNAの合成:たとえば、Mathews, van Holde, and AhernのBiochemistry第3版22章に解説あり)だって、肝臓に限られた話ではない。
第三に、「デノボ合成の核酸 + サルベ−ジ合成の核酸 = 一定」だから、核酸を多く食べることによりがん細胞は材料不足で増殖できず兵糧攻めにあう、という説明は、つじつまがあわない。がん細胞がDNA複製に使う材料は、デノボ合成で供給されるので、がん細胞でのデノボ合成をとめない限り、がん細胞の増殖は止まらないはずだ。そして、核酸をいくら食べても、がん細胞での核酸のデノボ合成は止まらないはずだ。
もちろん、毒ではないから、清涼飲料水の1種と考えてしまえば、良いのかもしれない。実際、フォーデイズのサイトには、「清涼飲料水」と明記されている。しかし! 「13000円(会員価格:9000円)」は高いと思う。科学的根拠が立証されていない商品を「病気の予防や治療、健康促進に役立つ」と宣伝をして、こんなに高額で販売する行為は、問題ではないか。

2006年10月25日追記:
この記事は、「水溶性核酸水」を販売しているサイトでもリンクされ、多くの方の注目を集めるに至った。原文は、くだけた口調で書いたため、感情的な反発を招きかねない表現があった。これらは改めるべきだと考えるにいたり、今日、表現をあらためた。しかし、文章の内容は、変えていない。