山中さんの研究展開

山中さんのノーベル賞受賞はうれしいニュースだ。山中さんがiPS細胞を作る条件を4つの遺伝子にしぼりこんだ論文は、発表された直後に読んだが、アイデアといい、手法といい、これぞ科学とうならされるものだった。山中さんのこの研究は、着想の時点で、とても面白いものだったと思う。言われてみればなるほどそういうアプローチがあったかと納得させられるが、誰も考え付かなかった。幹細胞研究者はみな、うんざりするほど膨大な許可申請書類を書き、胚性幹細胞研究に時間をつぎこんでいた。胚を使わずに、体細胞を初期化することで幹細胞を作る可能性があることを多くの関係者が知識としては知っていたはずだが、きわめて困難な課題として、避けていた。山中さんは遺伝子発現に関するデータベースを駆使して初期化遺伝子候補を24に絞り込み、24個あれば初期化できることを確認したうえで、24個を1個づつ減らすという戦略で、4個にまで絞り込んだ。実にエレガントな研究だ。基礎研究としても面白いし、応用上のインパクトも絶大である。
山中さんがどのようにしてこの研究を着想したか、知りたいと思っていた。山中さんがポスドク時代をすごしたグラッドストーン研究所のウェブサイトに、山中さんの研究展開に関する紹介記事があった。

なんと、最初は悪玉コレステロールの研究をしていたのだった。悪玉コレステロール生産を促進するたんぱく質を不活性化したところ、実験につかったマウスが肺がんになってしまった。山中さんはここで研究方向を転換して、なぜ肺がんになったか、その原因究明にまい進した。多くの場合、研究プロジェクトの目標が悪玉コレステロールの管理なら、その目標からはずれた研究に時間を割くことはせず、目標達成に向けて別の方向を探る。しかし山中さんは、肺がんになった原因の究明にこだわった。その結果、NAT-1というたんぱく質が機能を失うことで、肺がんが誘発されることがわかった。このNAT-1ががんを誘発するメカニズムを調べるために、山中さんは胚性幹細胞を作成する技術を学び、胚性幹細胞中のNAT-1の機能を欠損させた。すると、胚性幹細胞は他の細胞に分化することなく、ただひたすら細胞分裂を続けたのだ。この発見が、山中さんをiPS細胞の発見につながる研究へといざなった。
山中さんはつねに、疑問をそのままにせずに、プロジェクトの目標からそれても、不思議なことは徹底して追及してきた。また、その追求のために必要な先端技術は、胚性幹細胞であれインフォーマティクスであれ、新しい技術をしっかり身につけて使いこんだ。この2つの姿勢は、研究者にとっては本来あたりまえであるはずのことだが、これを実践している研究者は実はさほど多くない。プロジェクトの目標からそれることにはいろいろな制約があるし、新しい技術を使いこなすことにもいろいろな障壁がある。そういう制約や障壁の前に、多くの研究者は、自分の守備範囲の研究から外に打って出ることは少ない。山中さんはおそらく、自分の守備範囲に安住することに満足できず、つねに新しい方向性や可能性にチャレンジすることが好きなのだろう。それをしんどいと思うか、楽しいと思うかで、研究者の人生は大きく変わる。山中さんの研究史は、私たちにそれを教えてくれている。