「里海資本論」への疑問 海水を浄化しているのはカキ筏だけじゃないだろう

「里海資本論」を読んで気づいた疑問点について書きます。「里海資本論」には、カキの浄化機能はすばらしいという記述があり、カキ筏によるカキの養殖が瀬戸内海を浄化していることが強調されています。ここで言う「浄化」とは、カキが成長する過程で赤潮の原因となる栄養塩(とくにリン)を吸収することを指しています。たしかに、カキが成長する過程ではリンが吸収され、カキの収穫によってリンが瀬戸内海から取り出されます。しかし、リンを吸収して育つのはカキだけではありません。魚もノリも同様です。リンはDNAに使われる栄養素なので、あらゆる生物がその成長過程で吸収します。したがって、魚を対象とする漁業も、ノリ養殖も、瀬戸内海からのリンの除去に貢献しています。その貢献度は、重量比でおおよそ評価できます。瀬戸内海での漁獲量・収穫量統計を探したら、すぐに見つかりました。

http://www.jfa.maff.go.jp/setouti/tokei/pdf/26setogyo.pdf

この資料によれば、カキ(殻付き)の収穫量は1442百トン。

一方で、かたくちいわし、しらすいかなご、その他を合計した主要な魚の漁獲量は、1588百トン。重量比では、魚類の貢献度のほうが大きいです。

※注:カキの場合、カキ殻の重さが全体の約8割(http://www.mlit.go.jp/kowan/recycle/2/13.pdf)であり、カキ殻のリン含有量はカキ本体や魚肉より少ないので、カキの貢献度は重量比からさらに少し割り引く必要があります。

また、ノリ類養殖は884百トン。合計3914百トン中の23%です。カキは37%、魚が残る40%。ノリには骨も殻もないので、リン含有率は相対的に高いでしょう。リン含有率は、ノリ>魚>カキだろうと想定しますが、まだ裏付けデータを見つけていません。どなたかご存知の方は、ご教示ください。

いずれにせよ、カキだけが海水を浄化しているわけではありません。もちろん、魚の漁獲量の減少が続く中で、カキがリンの循環においてより重要な役割を果たしていることは確かです。しかし生態系は多くの生物の働きで成り立っているので、特定の生物の活動を増やせば生態系が良くなるという単純な発想は、避けた方が良いです。人体に万能の特効薬がないように、生態系にも万能な改善策はありません。多くの生物の関係やバランスについて配慮することが大事です。